「これ、誰も経験したことがない問題だよね。」
「正しく対応したはずなのに、相手はまだ怒っている。」
そんな場面に、心当たりはないでしょうか。
想定していなかったトラブルが起き、対応のマニュアルはなく、前例を探しても見つからない。ようやく手を打っても、関係者の表情は硬いまま。管理職や変革の担当者、経営に近い立場の人ほど、こうした場面に出くわす機会が増えているのではないでしょうか。
もちろん、何も備えてこなかったわけではありません。対応フローを整え、報告の経路を決め、AIも導入して初動を速くした。それでも、想定外の問題を完全になくすことはできません。これまでの経験や仕組みだけでは対処しきれない問題に、次々と向き合わなければならない。そんな感覚を持っている人も多いはずです。
結論を先に言うと、想定外の問題に効くのは、正しい解決策を渡すことより、「みんなで作る」というスタンスと、相手が本当に欲しいものを考え抜いて差し出すことではないか。私たちは、そう考えています。もちろん、正しく解くことも必要です。ただ、正しく解いただけでは、相手の心はほどけず、チームの求心力も戻りません。そして、問題が次々に来る時代には、この差がそのまま組織の強さの差になっていくのではないでしょうか。
この記事では、新規事業の文脈で語られてきた「0→1」を、イノベーションではなく「生存」の側から考えます。そのうえで、解決策が出る組織と出ない組織を分けるもの、頑張る人の自己犠牲が求心力を奪う理由、ピリついた相手の心がほどける瞬間、そして「交換」と「贈与」の違いまで整理します。次に揉めそうな場面で、最初の一言を変えるための話です。
1. 今要る「0→1」は、新規事業ではなく生存のほう
「0→1ができる人材は特殊だよね。」
「うちにはあまりいないよね。」
新規事業の話になると、よく聞く言葉です。
0→1という言葉は、イノベーションや新規事業と結びついて語られてきました。何もないところから価値を生む。それは確かに、誰にでもできることではありません。
ただ、ここ数年で、もう一つ別の0→1が必要になっているのではないか。私たちが考えているのは、「イノベーションとしての0→1ではなく、生存としての0→1が、これから必要になるのではないか」ということです。
同じ0→1でも、向きが違います。一つは、付加価値を作る方向。新しい商品や事業を生み、プラスアルファを積み上げる0→1です。もう一つは、リスクを回避する方向。誰も解決方法を知らない問題が目の前に来たとき、前例のない解決策をその場で作る0→1です。
これからの時代に全員に要るのは、付加価値を生む0→1より、想定外の問題から自分たちを守る0→1ではないか。 私たちは、そう考えています。
理由は、これまでの経験だけでは対応できない問題に、私たちが向き合う機会が増えていると感じるからです。AIの浸透によって、仕事の進め方や問題の性質も変わりつつあります。これまで想定していなかった問題が起きたとき、誰も正解を知らない状態から、解決策を考えなければならない場面もあるでしょう。
ここでいう「生存の0→1」とは、危機管理の部署を作ることでも、専門家を一人雇うことでもありません。問題が「たまに」ではなく「次々に」来るなら、対応する人も一部では足りなくなります。だから、全員に要る。これは、付加価値の0→1が特別な人のものでよかった時代との、いちばん大きな違いです。
では、前例のない問題に対して、クリエイティブな解決策が出る組織と出ない組織は、何が違うのでしょうか。

2. 解決策の差は才能ではなく、「作る」スタンスの有無
新潟県の「大地の芸術祭」で、修学旅行中の生徒によって作品が壊される出来事がありました。作品を壊した側の責任が問われ、後に自治体間で賠償による和解も成立しています。一方、作品を制作したクワクボリョウタ氏は、破損した作品を修復するだけでなく、その出来事から着想を得た新作も制作しました。
もちろん、損害への対応や責任の整理は必要です。ただ、それだけで終わらせず、予期しなかった出来事から新しい作品を生み出した点に、クリエイティブな問題解決のヒントがあるように感じます。
この話から思い出すのは、ある大企業の経営企画に携わる田中さんの経験です。田中さんは、揉めそうな相手に会いに行くと、「むしろ、こうしましょうよ。」という方向に持っていけたことがあると話していました。メールの上では攻撃的になりそうな自分が、直接会うことで違う解決策を出せる。もちろん、すべての場面でそうできるわけではないとも言います。
二つの話に共通しているのは、解決策を新しく生み出そうとする姿勢ではないでしょうか。それは、「みんなで作っていこう」というスタンスです。作家は、破損という出来事を新しい創作につなげた。田中さんは、相手と一緒に次の手を作る側に立った。解決策の中身より先に、その立ち位置がありました。
クリエイティブな解決策は、才能から出てくるというより、「作る」というスタンスがあって初めて立つ問いから出てくるのではないか。 私たちは、そう考えています。
「この脅威を、どうしたら可能性に変えられるだろうか」という問いは、作る前提がないと、そもそも頭に浮かびません。逆に言えば、「作る」ことが前提にない組織では、問題が起きた瞬間の言葉が「お前ができていない」になりやすい。解決策を考える前に、誰かを責める方向へ向かってしまうのです。
ここでいう「作る」スタンスとは、何が起きても前向きに受け止めろ、という精神論ではありません。悪意のある相手や、AIを使った攻撃に対して、素敵な解決策が毎回出るわけでもありません。ただ、「誰が悪いか」から入るか、「何を作るか」から入るかで、その後に出てくる選択肢の幅は変わります。私たちが実務のなかで繰り返し見てきた違いです。
では、作るスタンスは、どんな場面で試されるのでしょうか。
3. 「責める」組織と「作る」組織を分ける3つの場面
問題が起きたとき、私たちはどのような場面で「責める」側に立ち、どのような場面で「作る」側に立てるのでしょうか。
ここでは、実際の経験や対話から見えてきた3つの場面に整理します。これは学術的な分類ではなく、私たちが実務のなかで見てきた場面をもとにしたものです。何を見るためのものかというと、「自分の組織は、問題が起きたときにどちら側に立っているか」を確かめるためのものです。
- 場面①:問題が起きた瞬間の、最初の一言
- 場面②:手が足りず、周りがついてこないとき
- 場面③:相手がピリついていて、余裕がないとき
場面①は、最初の一言です。「誰がやった」「なぜ確認しなかった」から入るか、「で、どうする。何を作る」から入るか。責める組織でも、最終的には対策を打ちます。ただ、最初の一言が「誰が」であるかぎり、その場にいる人は自分を守る側に回り、作る側には立ちにくくなります。
場面②は、手が足りないときです。自分でやってしまうか、「やるって言ったじゃないか」と檄を飛ばすか。この二つ以外の道があるか、が分かれ目です。例えば、「ワクワクする方向に持っていく」という方法があります。有志の活動でゲストを呼ぶなら、みんなが興味を持つ面白さをさらに加え、参加したくなる気持ちを引き出す。内発的な動機を引き出す側に回る、という動きです。
場面③は、相手に余裕がないときです。正しい指摘をそのまま渡すか、相手が本当に欲しいものを考え抜いて差し出すか。これは第5章で詳しく扱います。
3つの場面に共通するのは、「正しいことをする」だけで終わるのか、それとも「一緒に作る」側に立つのか、という分かれ道です。 どちらを選ぶかは、その人の性格だけでなく、組織が何を当たり前にしているかにも左右されるのではないか。私たちは、そう考えています。
一人の心がけで場面①の言葉を変えることはできます。ただ、しばらくすると元に戻ってしまう。これも私たちが実務のなかで繰り返し見てきた光景です。
もちろん、すべての問題を「作る」スタンスだけで解決できるわけではありません。安全や法令に関わる問題には、迅速で適切な対応が必要です。また、「ワクワクする方向に持っていく」ためには、相手が何に関心を持ち、何に意欲を感じるのかを理解することが欠かせません。
では、作る側に立とうとした人が、なぜ途中で疲れてしまうのでしょうか。

4. 頑張る人の自己犠牲が、チームの求心力を奪う
ある大企業の経営企画に携わる田中さんが、こんな例を挙げてくれました。会社の手続きで証明書を取ってくるよう指示が出たものの、説明が極端にわかりにくい。昼間に役所まで行って取ってきたら、実は不要だった。自分だけでなく、誰もが引っかかる場所なのに、手当てがされていない。このとき、選択肢は二つに見えます。一つは、厳しめのメールで改善を求めること。もう一つは、心を落ち着かせ、マニュアルを相手がそのまま使えるくらいに直して、丁寧に渡すことです。
ただ、私はここに「三つ目の選択肢」があると考えました。例えば、困った場面を短い動画にして見せる。相手を責めず、自分で巻き取って作り直すのでもなく、「気づいてもらう仕掛け」を作る道です。コメディアンになる必要はありません。ただ、二択に見えた場面に、作る側の第三の道があります。
この話をしていたとき、田中さんが「それ、自己犠牲になっちゃってるもんね。」と言いました。マニュアルを全部直して渡すのは、立派ですが、大変です。できてしまう人もいる。ただ、そのせいで残業が増え、夜中まで働くことになれば、負担は一人に集中してしまいます。
そこで、私が大切だと考えているのが、「自己犠牲感は最大の悪」 ということです。これは、前例のない課題をクリエイティブに解決しようとする場面で、自己犠牲に頼ることの危うさを表した言葉です。頑張る人に自己犠牲感が生まれると、「みんなで作る」という求心力が弱まり、周囲がそこから離れてしまうことがあるからです。
一人で巻き取るほど、その人は正しく、チームは「作る」から遠ざかる。これは、善意の人ほど陥りやすい構造ではないか。私たちは、そう考えています。
リーダーシップを取っている場面も同じです。引っ張っているのに周りがついてこない。自分がやったほうが早いのか、檄を飛ばすのか。ここで第三の位置を選べるかどうかが、チームが作る側に残るかどうかを分けます。
※仕事ができる人ほど一人で抱えて燃え尽きそうになる、という構造は、記事末尾の関連記事③もご参考ください。
ここで一つ、私自身の経験を紹介します。最近、進行中のプロジェクトで、日程調整の内容がクライアントに伝わっていないことがありました。私の伝え漏れだった可能性もあります。ただ、クライアントは複数のプロジェクトを同時に回していて、状況が明らかにタフでした。予定はもう入っている。それでも、日程の変更をお願いしないと進まない。
そのとき感じたのは、「スケジュールの変更をお願いするのがピリつく感じがして、なかなか出しづらい。これ、どうチューニングしたらいいんだろう。」ということでした。頭に浮かんだのは、「疲れていそうだから、栄養ドリンクでも差し入れするとか」という、自分でも半信半疑の案です。正しい依頼を正しく出すだけでは、相手の状況は変わらない。そう感じた場面でした。
これは一つの経験ですが、「正しく伝えているのに、相手がピリついたまま」という状況を考えるきっかけになりました。正しい対応をするだけでは十分ではないとき、相手にどう向き合えばよいのでしょうか。
もう一つ、考えておきたいことがあります。想定外の問題が「たまに」なら、お祭りのように盛り上がって乗り切れることもあります。期限が決まっていて、仲間がいれば、朝までになんとかしようというアドレナリンも出る。ただ、問題が次々に来るのが前提なら、お祭り気分は続きません。定常的に起きることほど習慣化が難しいのと同じです。
だからこそ、気合いではなく、オペレーションや空間といった「補助輪」の側に答えを置く。これは、組織の見えないOS=文化をどう設計するかという話でもあります。
想定外の問題に対応し続けるためには、個人の頑張りだけでなく、組織として「作る」スタンスを支える仕組みが必要なのではないでしょうか。
では、自分ではなく、相手の側に余裕がないときは、どうすればよいのでしょうか。
5. ピリついた相手の心がほどけるのは、正しさではなく感謝
相手がピリピリしている。寝ていないかもしれないし、食べていないかもしれない。この状態の相手に、もう一度「一緒に作る」側に立ってもらうのは、自分自身の認知を切り替えるより難しいものです。自分の考え方は変えられても、相手の状態や感情を直接変えることはできないからです。
一つの答えは、時間を置くことです。痛みを取り除く、状況を落ち着かせる、相手に体力を回復してもらう。それも大切な対応です。ただ、仕事が立て込み、次々と対応を求められている状況では、待っているだけで余裕が戻るとは限りません。では、待てないときはどうするのでしょうか。
ある大企業の経営企画に携わる田中さんが挙げたのは、「想定以上のことをやってあげる」という方法でした。もちろん、自己犠牲にならない範囲で、という条件つきです。そして、その「想定以上」は、量、質、タイミングのいずれでもよいと言います。
- 量:頼まれた以上の分量を返す
- 質:頼まれたものを、そのまま使えるところまで仕上げて渡す
- タイミング:相手が必要とする前に、先に差し出す
この考え方から浮かんだのが、「心がほどけるのって、感謝かもしれない」という言葉でした。怒っていた相手が、思いがけない配慮を受けて感謝に気持ちを切り替える。相手が本当にしてほしいことを考え抜き、それを差し出すことで、関係が変わる可能性があるのではないでしょうか。
ピリついた相手の心がほどけるきっかけは、正しさを理解することだけでなく、「自分のことを考えてくれた」という感謝が生まれることなのかもしれません。
ただし、これは相手の不満を無視して、何かを与えればよいという話ではありません。相手が困っていることを見ずに、こちらがよかれと思うものを渡しても、必ずしも届くわけではないからです。重要なのは、相手が最終的に何を求めているのかを考えることです。
田中さんは、自身の経験として、起業家向けのプログラムに参加した人の話をしてくれました。その参加者は忙しいなかでプログラムに参加していたものの、内容やほかの参加者に不満を持ち、紹介した田中さんへの評価も下がっていたそうです。そこで田中さんは、目の前の不満に対して説明を重ねるのではなく、「ちなみに」と切り出し、その人が必要としていた顧客やパートナー候補とのつながりを紹介しました。すると、相手から感謝の言葉が返ってきて、態度が大きく変わったと言います。
ここで大事なのは、差し出すものが高価である必要はない、という点です。最後に届くものは、簡単なものでもよい。ただ、それが「相手のことを考え抜かなければ出てこない一手」だと伝わるかどうか。AIが書いた1万字の感謝の手紙より、相手のために考え抜いて書いた五七五のほうが嬉しいかもしれない。文字数は少なくても、です。
相手が本当に欲しいものは何か。正しい説明を重ねる前に、この問いを持てるかどうかが、関係を変える一手につながるのではないでしょうか。
では、なぜ考え抜かれた小さなものが、正しい大きなものよりも心に残るのでしょうか。

6. AI時代に残るのは、交換ではなく贈与
この違いを考えるうえで、参考になるのが、近内悠太氏の著書『世界は贈与でできている』です。この本では、「交換」と「贈与」という二つの考え方が扱われています。
例えば、コンビニで買い物をして、お金を払う。これは交換です。商品と代金をやり取りすることで、その取引は完結します。一方、贈り物は、受け取ったあとにも「あのとき、あれをくれた」という記憶が残ることがあります。思いがけないものを受け取ったからこそ、いつかお返しをしたいと感じることもあるでしょう。
同じ品物でも、そのまま渡すのと、相手のことを考えてラッピングをし、リボンや手紙を添えて渡すのとでは、受け取る側の感じ方が変わることがあります。品物そのものの価値だけではなく、そこに込められた時間や気持ちが伝わるからです。当たり前のようにしていることにも、こうした意味があるのではないでしょうか。
この話から私が考えたのは、「一緒に作っていく」とは、組織や相手に何かをプレゼントしようとする心持ちなのではないか、ということです。
芸術祭で破損した作品から新しい創作が生まれたことも、田中さんが相手に必要なつながりを紹介したことも、相手や出来事に対して、求められた対応だけで終わらない選択肢を考えたという点で通じています。ただし、これらの出来事をそのまま「贈与」の実例と断定するのではなく、私たちは、そこに共通する姿勢を見いだしています。
AIが1万字の文章を短時間で作れる時代に、相手の心に残るのは、必ずしも文章の量ではありません。相手のためにどれだけ考えたか。その人に何が必要かを見つめたか。そうした過程が伝わることで、短い言葉や小さな行動が、大きな意味を持つこともあります。
もちろん、正しい対応や約束を守ることは必要です。交換が不要だという話でもありません。ただ、正しい対応を終えたあとに、もう一歩だけ相手のことを考える。その一手が、単なる問題処理では終わらない関係を生む可能性があります。
クリエイティブな問題解決とは、正しい答えを出すことに加えて、相手や組織に何を差し出せるかを考えることなのかもしれません。
ここで述べた組織の問題解決への応用は、Bulldozerとしての解釈です。『世界は贈与でできている』が、組織の危機対応の方法を直接論じたものだという意味ではありません。

7. まとめ|「誰がやった」から「何を作る」へ
この記事では、「0→1」を新規事業やイノベーションだけのものではなく、想定外の問題に対応するための力として考えてきました。
前例のない問題に向き合うとき、解決策を生み出せるかどうかは、一部の特別な人の才能だけで決まるわけではない。組織に「みんなで作る」というスタンスがあるかどうかも重要です。そのスタンスがないと、問題が起きたときに「責める」が最初の反応になりやすい。頑張る人が一人で抱え込めば、チームの求心力も弱まってしまいます。
そして、相手が余裕を失っているときには、正しい説明を重ねるだけでは届かないことがあります。相手が本当に欲しいものを考え抜き、差し出すこと。その姿勢は、単なる「交換」を超えて、相手の心に残る「贈与」にも通じるのではないでしょうか。
一度、最近あった想定外の問題を思い浮かべてみてください。
- 問題が起きた瞬間、最初に出た言葉は「誰が」だったか、「どうする」だったか
- 手が足りないとき、自分で巻き取るか檄を飛ばすか以外の道を、誰かが出したか
- 頑張っている人に、自己犠牲感が出ていなかったか
- 相手がピリついていたとき、渡したのは正しい指摘か、相手が欲しいものか
- その対応は、相手の中に何か残っただろうか
まずは次に想定外の問題が起きたとき、最初の一言を言い換えてみてください。
「誰がやった」ではなく、「で、どうする。何を作る?」
そして、ピリついた相手には、正しい説明を足す前に、一問だけ聞いてみてください。
「ちなみに、いま一番助かるものって何ですか?」
「想定外の問題に、自分の組織は何を持っていればいいのか」と問うていた冒頭から、問いを一段進めると、こうなります。自社の職場では、問題が起きたとき、「責める」側と「作る」側のどちらに立っているでしょうか。そして次に揉めそうな場面で、正しい解決策を渡すだけでなく、あなたは相手に何をプレゼントできるでしょうか。
参考文献・出典
・近内悠太『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』NewsPicksパブリッシング、2020年。
※本記事では「交換と贈与」という考え方を参考にしています。組織の危機対応への応用はBulldozer独自の見立てであり、同書の直接的な主張ではありません。
・大地の芸術祭における作品破損・修復・新作制作に関する報道(FNNプライムオンライン)
https://www.fnn.jp/articles/-/412052
・作品破損をめぐる賠償・和解に関する報道(NST新潟総合テレビ)
https://news.nsttv.com/post/20250131-00000003-nst/
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この記事は、Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」EP48『0→1スキル|AI時代に必要な課題解決能力とチームビルディング』をもとに、論点を組み替えて書いています。本編では、冒頭のセキュリティ問題の話、ピンチをアドレナリンに変える現場の話、少年ジャンプや宇宙兄弟にたとえた「定期的に来る壁」の話まで、記事に入れなかった話をしています。
EP48の音源はこちら
一人ひとりが、「作る」側に立てる組織へ
ここまで書いてきた「最初の一言を変える」「第三の道を探す」「相手が欲しいものを考え抜いて差し出す」は、次に問題が起きたとき、一人からでも始められます。
ただ、これを組織全体の当たり前にしようとすると、話が変わります。問題が起きた瞬間に「誰が」から入ることが当たり前になっている組織で、「何を作る」を最初の一言にするには、心がけを配るだけでなく、その組織が何を当たり前にしてきたのかを見直す必要があります。問題が次々に来る前提なら、お祭り気分ではなく、オペレーションや空間という補助輪の側に答えを置かなければなりません。
組織の見えないOS=文化に目を向け、人が自然に変わっていくための環境を設計する。そこがBulldozerのカルチャーエンジニアリングの領域です。その会社らしさの本質=Originを起点に、現場の声をボトムアップで集めて業務や場の要件を定義していく。想定外の問題への初動の設計も、その入口の一つです。
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