「業務の棚卸しは、ひと通り終わったんです。フロー図も全部門分描きました。でも、見返しても削れるところが見当たらなくて。」
業務改善やDXを任された方から、こうした言葉を聞くことがあります。経営側からは「で、どこが減るの?」と聞かれ、現場からは「うちは全部必要な作業です」と返される。似た板挟みに覚えがある方は、少なくないのではないでしょうか。
業務の棚卸しも、決して手を抜いていたわけではありません。現場へのヒアリングを通じて、誰がどの作業を担当し、どれくらい時間がかかっているのかを整理してきました。業務フローとは、仕事の始まりから終わりまでを、作業内容や担当者、工程の順番に沿って可視化したものです。資料としては立派なものが残りました。それでも、「ここを変えよう」と指させる場所が見つからない。そうなると、話はつい「うちの業務はもう十分に効率化されている」か、「現場が本当のことを書いていない」のどちらかに流れていきます。
結論を先に言うと、ムダが見つからないのは、書き出し方が足りないからではなく、「当たり前に時間がかかる」「大変でも仕方ない」と思われている箇所を、誰も疑っていないからではないか。私たちは、そう考えています。
ムダは、知らない場所に隠れているのではなく、「仕方ない」という一言の中に隠れています。 そして厄介なことに、その一言は、業務をいちばんよく知っている本人の目では外れません。
この記事では、業務フローを描いてもムダが見つからない理由を、「仕方ない」という言葉の側から考えます。そのうえで、「仕方ない」の3つの種類、思い込みが本人では外れない仕組み、外すための3つの質問、立場ごとに違う「仕方ない」の中身、所要時間という物差し、AI時代にこの話がなぜ重くなるのか、まで整理します。新しい分析ツールの話ではなく、次の棚卸しの会議で、隣の席の人に一つ質問を足す話です。
1. 業務フローを描いても、ムダが見つからない2つの理由
業務フローを描くこと自体は、間違っていません。誰が、何を受け取り、何を渡しているのかが一枚になると、部門をまたいだ重複や、誰も読んでいない報告書が見つかることがあります。棚卸しを始めた段階で、「この転記、隣の課でもやっていた」という発見が出ることもあります。描かなければ見えないものは、確かにあります。
ただ、描くだけでは残る問題があります。最初の棚卸しで見つかりやすいのは、「知らなかったムダ」です。担当者が気づいていなかった重複や、引き継ぎの途中で目的が消えた作業。これらは、書き出して並べることで見つけやすくなります。一方で、書き出しても見つからないムダがあります。担当者が「知っているけれど、仕方ないと思っているムダ」です。
- 知らないムダ: 担当者本人も気づいていない重複や空振り。書き出すことで見つけやすくなる
- 仕方ないと思っているムダ: 担当者は毎日その時間を使っていて、よく知っている。ただ「必要な時間」として説明できるので、書き出しても「ムダ」の欄には載らない
そして、棚卸しのシートが丁寧に埋まるにつれて、二つ目のムダはかえって見えにくくなる、と私たちは感じています。なぜなら、本人が「この作業は◯◯のために必要です」と説明を添えて書いてくれるからです。説明が付いた作業は、読む側も「必要なのだろう」と受け取ります。
描き出したフロー図の中で、いちばん長い矢印には、たいてい「仕方ない」という札が付いています。
もちろん、人手が足りず、単純に仕事量が多い職場もあります。その場合は、業務の前提を見直すだけでは解決できないこともあります。ただ、人手を足しても忙しさが変わらない職場では、「仕方ない」の札が付いた時間を見直すことが、改善の糸口になるかもしれません。
では、その「仕方ない」は、実際の業務ではどんな顔をして現れるのでしょうか。
2. 「仕方ない」に隠れた3種類のムダ
私たちは、現場の声をボトムアップで集めて業務や職場の要件を定義するワークショップを進めるなかで、参加者が口にする「仕方ない」を、実務上の目安として3つに分けて見ています。学術的な分類ではなく、実務のなかで整理したフレームワークです。
- 時間の仕方ない: 「この確認には、どうしても2日かかる。」所要時間や待ち時間を、変えられない前提として置いている
- ルールの仕方ない: 「昔からこの様式で出すことになっている。」誰が決めたか思い出せない手順を、決まりとして守っている
- 相手の仕方ない: 「先方がその形式でほしいと言うので。」渡す先の希望を、確かめないまま推測で満たしている

このフレームは、「業務の中のどこに、疑われていない前提があるか」を見るためのものです。すべてのムダを説明できるわけではありません。たとえば、システムの制約や法令で決まっている手順は、現場の判断だけでは変えられない場合があるため、別途確認が必要です。また、この3つに当てはまるからといって、必ずムダだとも限りません。本当に2日かかる確認もあれば、本当に先方が指定している形式もあるでしょう。
ここでいう「仕方ない」とは、諦めや怠慢のことではありません。むしろ逆で、真面目に業務を回している人ほど、「仕方ない」を上手に説明できます。説明できるからこそ、棚卸しのシートに「必要」と書けてしまう。 それが、この言葉の厄介なところです。
たとえば、月次の報告資料を作っている担当者との会話を考えてみます。
「この資料、作るのに毎月3日かかっているんですね。」
「はい。でも、各拠点から数字が集まるのを待つので、どうしても。」
「集まるのを待っている間は、何をしているんですか。」
「催促と、届いた分の転記ですね。」
ここには、時間の仕方ない(集まるのを待つ)と、ルールの仕方ない(拠点ごとに別の様式で届く)と、相手の仕方ない(この資料を読む役員が、この形式を望んでいるはず)が、一つの作業の中に重なっています。
では、なぜ本人は、この重なりに気づかないのでしょうか。
3. 思い込みを外すには、他人からの質問が必要
このことを私が改めて考えたのは、あるワークショップの進行を設計していたときでした。業務フローを描き出す、という初歩のワークに、「すでに業務改善を経験している上位層の参加者にも、学びがある仕掛けを入れたい」という相談を受けたのです。
そのとき私が口にしたのは、「上位層にも発見があるのは、思い込みを外すことかも」という一言でした。初めて業務フローを描く人の学びは、仕事を分解できるようになること。一方で、すでに分解できる人の学びは、「当たり前に時間がかかる、大変でも仕方ないと思っている箇所が、本当にそうか」を見返すことではないか。そう考えました。そして、その見返しは本人だけでは難しいので、描いた流れをシェアするグループワークで、お互いに質問を投げ合う設計にしよう、と決めました。
もちろん、これは私が一つのワークショップの設計のなかで考えたことであり、この経験だけから一般的な因果関係を示せるものではありません。ただ、業務の棚卸しがなぜ途中で止まるのかを考えるうえで、一つの示唆があるように感じています。
業務をいちばんよく知っている人は、その業務の「仕方ない」をいちばん上手に説明できる人でもあります。 毎日やっているからこそ、手順は体に入っていて、「なぜこの順番なのか」を問われる機会がない。問われないまま年数が経つと、前提は手順の一部になり、見返しの対象から外れます。
これは、本人の観察力が低いという話ではありません。むしろ、なぜ本人が「仕方ない」と言わざるを得ないのかを考えたほうが、説明がつきます。一つは、疑った瞬間に、変える責任が自分に回ってくること。もう一つは、疑う材料である「他の部署ではどうしているか」「渡す先は本当にその形式を望んでいるか」が、本人の席からは見えないことです。見えないものは、疑えません。

だから、描いた業務フローは、本人が説明するためのものだけでなく、他人が質問するための的として使うことが重要です。紙に描かれた流れがあると、質問は「この矢印、なぜ2日かかるんですか」と、具体的な場所を指して投げられます。描かれていなければ、質問は「もっと効率化できませんか」という漠然とした要望になり、「できることはやっています」で終わります。
では、他人は、どんな質問を投げればよいのでしょうか。
4. 「仕方ない」を見直す3つの質問
質問する側に、必ずしも業務の専門知識は要りません。むしろ、知らない人のほうが、「仕方ない」の札を素通りせずに済むことがあります。私たちがワークショップで配っている質問は、第2章の3種類に対応した3つだけです。
- 時間の質問: 「その◯分(◯日)は、何にいちばんかかっている? それは必要?」
- 前提の質問: 「それは誰が決めたルール? 昔からそうなだけでは?」
- 相手の質問: 「渡す先の人は、本当にその形式でほしいと言っている?」
質問された側は、その場で答えられなくて構いません。むしろ、答えに詰まった箇所に「?」の印を付けてもらいます。「?」が付いた場所が、次に確かめに行く場所です。 その場で結論を出す必要はなく、「確かめていない前提がここにある」とわかるだけで、棚卸しの地図は変わります。
実際のやり取りをイメージすると、たとえばこんな形です。
「拠点からの数字、届くのに2日かかるって書いてあるけど、2日のうち何にいちばんかかってる?」
「たぶん、拠点側で手入力して、上長の確認を取ってから送ってくるので。」
「その上長確認、こっちが頼んだんだっけ?」
「……わからないです。昔からそうなので。」
ここで「?」が一つ付きます。拠点側の上長確認は、本社が頼んだものか、拠点が自主的に足したものか、誰も確かめていない。確かめた結果、「本社は確認前の速報値でよい」とわかれば、2日のうち1日は、誰も望んでいなかった待ち時間だった可能性があります。
注意したいのは、この質問を「詰問」にしないことです。「なぜそんな無駄なことを」と聞けば、相手は守りに入り、「仕方ない」の説明がさらに上手になります。質問の目的は、相手の作業を責めることではなく、相手の席からは見えない情報を一緒に探しに行くことです。だから、質問は同じ部門の上司より、隣の部門や、入って日の浅いメンバーから投げるほうが、うまく機能することもあります。
では、立場が変わると、「仕方ない」の中身はどう変わるのでしょうか。
5. 立場によって異なる「仕方ない」の中身
「仕方ない」は、どの立場にもあります。ただ、その中身は立場によって違います。
私たちは、立場ごとに見えにくくなりやすい「仕方ない」を、次のように整理しています。すべての組織に当てはまる分類ではありませんが、業務を見直す際の一つの視点になります。
- 担当者: 相手の仕方ない。「上がそう望んでいるはず」「先方の指定だから」と、渡す先の希望を推測で満たしている
- 管理職: ルールの仕方ない。「この承認フローは外せない」「報告は週次と決まっている」と、自分が引き継いだ決まりを守っている
- 経営層: 時間の仕方ない。現場の作業に何日かかっているかが数字として届かないため、「そういうものだろう」で止まっている
ここで言いたいのは、上位層ほど「仕方ない」が少ない、という話ではありません。むしろ、上位層の「仕方ない」が、下の層の「仕方ない」を何重にも生んでいる場合があります。経営層が「報告は毎月この形式で」と一度決めれば、管理職はそれをルールとして守り、担当者は「上がそう望んでいる」として、拠点に様式を配ります。経営層自身は、その報告書を作るのに現場が3日かけていることを知らないまま、「月次の報告は当然あるもの」と思っている。
だから、上位層の思い込みを一つ外すことが、複数の工程を見直すきっかけになる場合があります。 担当者が自分の「仕方ない」を一つ外せば、自分の作業時間が変わるかもしれません。一方、経営層が「この報告、実は速報値でいい」と判断すれば、その下にあった拠点の上長確認も、担当者の転記も、まとめて見直せる可能性があります。業務改善の経験がある上位層にこそ、「あなたの『仕方ない』は、本当にそうですか」という質問が届く場が要るのは、このためです。
ただし、上位層ほど、質問されにくい立場でもあります。部下は上司の「仕方ない」を疑いにくく、上司は自分の決めたルールを疑う機会がない。ここでも、描いた業務フローが役に立ちます。フロー図の上では、経営層の「月次報告を受け取る」という一つの箱から、現場の何十時間という矢印が伸びているのが見えます。見えれば、「この矢印、本当に必要ですか」と、立場を越えて質問するきっかけになります。
では、「仕方ない」を外す会話を、気合いではなく仕組みとして回すには、何を物差しにすればよいのでしょうか。
6. 所要時間を分解すると、ムダが見えてくる
「仕方ない」を外す会話を続けるために、私たちが業務フローを描くときに必ず添えてもらうものが一つあります。各工程の所要時間と、次の工程に渡るまでの待ち時間です。
所要時間を書くと、「仕方ない」は数字に変わります。「どうしても時間がかかる」が「2日」になり、「2日」は「拠点の手入力に半日、上長確認待ちに1日、本社での転記に半日」に分かれます。分かれると、質問は「この1日の待ちは、誰が望んだものか」と、一段具体的になります。言葉のままの「仕方ない」には質問を投げにくいですが、数字になった「1日」には投げられます。

※図中の時間配分は、考え方を説明するための例です。
もう一つ、数えてほしいものがあります。質問を受けて付いた「?」の数です。
- 描いた直後: 「?」はゼロ。本人の目では、すべての工程に理由がある
- 質問を受けたあと: 「?」が3つ、5つと増える。確かめていない前提が見えてくる
- 確かめたあと: 「?」の一部が「不要だった」「速報値でよかった」に変わり、残りは「やはり必要」として理由付きで残る
ここで見るべきなのは、削れた時間の合計だけではありません。「?」が増えたことは、それまで疑われていなかった前提に目が向き始めた、一つの合図になります。 最初の棚卸しで「?」がゼロのまま終わっているなら、ムダが無いと判断する前に、十分に質問が投げられたかを確かめてみる価値があります。
これは私たちが身の回りの現場で見てきた一つの目安にすぎず、そのまま一般化できるものではありません。また、「?」の数が多ければ、それだけ改善が進んでいるというわけでもありません。ただ、「ムダが見つからない」と報告が上がってきたときに、「所要時間は書いてあるか」「『?』はいくつ付いたか」の2点を確かめることは、棚卸しが止まっている場所を考える手がかりになります。
では、この話は、これからの職場でどんな意味を持つのでしょうか。
7.AIで自動化する前に、「仕方ない」を見直す
ここまでの話は、AIやシステムの導入が進むこれからの職場で、むしろ重みを増すのではないかと考えています。
業務フローを描き、それをもとにAIやシステムによる自動化を検討する。その際、描いたフローが正確であっても、業務そのものが最適とは限りません。フローの中に「仕方ない」の札が付いたままの工程が残っていると、その工程の必要性が見直されないまま、自動化の対象になる可能性があります。
たとえば、拠点の上長確認を誰も望んでいなかったとしても、フロー図にその箱がある限り、自動化された業務の中にも、その確認工程が残るかもしれません。しかも、人がやっていたときは「なんでこれ、やってるんだろう」とふと疑う瞬間がありましたが、自動化されると、日々の業務の中でその必要性を問い直す機会が減ることも考えられます。

つまり、自動化の前に「仕方ない」を外しておくか、外さないまま自動化するかで、同じ投資の結果は変わり得ます。前者なら、不要な工程を見直したうえで、残った工程の効率化を図れます。後者なら、本来は見直せたはずの工程が、自動化された業務の中にそのまま残る可能性があります。この話は、以前に書いた「AIを入れても手元の仕事が減らない理由」とも地続きです(記事末尾の関連記事②)。
ただし、これは数字で確かめられた結論ではなく、私たちが実務のなかで持っている見立てです。それでも、AIの導入や業務の自動化を検討する際に、書き出した流れに他人の質問を通す工程を一つ挟むかどうかは、投資の成果を左右する一つの要素になるのではないか。私たちは、そう考えています。
自動化する前に、その業務が本当に必要なのかを問い直す。 これは個人の心がけではなく、組織の仕事の進め方の問題です。「描いたら、質問を受ける」が当たり前になっている職場と、「描いたら、そのまま承認に回す」が当たり前になっている職場。どちらの当たり前を持っているかは、その会社の見えないOS、つまり文化の一部です。現場を巻き込んで要件を定義する場を設計するとき、私たちが「描く」と「質問する」を必ずセットにしているのは、このためです。
では、最後に、ここまでの話をまとめます。
8. まとめ|ムダ探しは、見つける前に「疑う」工程を入れる
業務フローを描いてもムダが見つからないとき、足りないのは書き出しの細かさではないのかもしれません。ムダは、知らない場所ではなく、「仕方ない」と説明できる場所に隠れています。そして、その説明がいちばん上手なのは、業務をいちばんよく知っている本人です。だから、本人の目では外れにくく、他人の質問によって気づけることがある。この構造が、棚卸しが途中で止まる理由の一つではないか、と私たちは考えています。
一度、自分の職場で最近終わった棚卸しや業務改善の場を思い浮かべてみてください。
- 描いた業務フローに、所要時間と待ち時間は書いてあったか
- 描いた本人以外の誰かが、その流れに質問を投げる時間はあったか
- 「仕方ない」「昔からこう」という言葉が出たとき、誰かが「誰が決めた?」と聞き返したか
- 経営層や管理職の「当たり前」から伸びている矢印を、立場を越えて指させる場があったか
- 棚卸しの結果に、「?」は一つでも付いたか
まずは次の棚卸しの会議で、フローを描いた人に、一問だけ聞いてみてください。
「この中で、いちばん『仕方ない』と思っている作業はどれ?」
返ってきた作業の所要時間を一緒に分けてみるところから、質問は始められます。
業務改善で問うべきなのは、「どこにムダがあるか」だけではないのかもしれません。自分たちの職場で「仕方ない」と言われている時間に、最後に誰かが質問を投げたのは、いつだったでしょうか。
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一人ひとりが、「仕方ない」に質問できる組織へ
今日から始められるのは、次の棚卸しの会議で、描いた人以外が一つ質問を投げることです。チームであれば、「描いたら、隣の部門の人に3つの質問を受ける」を一つの決まりにすることで、これまで見過ごしていた前提に気づくきっかけをつくれます。
ただし、これを一部門の工夫で終わらせず、組織全体で「描いたら質問を受ける」が当たり前になるには、承認の順番、部門をまたいで質問してよいという了解、経営層の「当たり前」も疑ってよいという空気まで、見直す必要があります。そこは個人の心がけを超えた、組織の見えないOS=文化の領域です。
Bulldozerは、その見えないOSを、その会社らしさの本質から再設計するカルチャーエンジニアリングに取り組んでいます。現場を巻き込んで業務や職場の要件を定義するワークショップも、「描く」と「質問する」をセットにして進めています。
業務フローを描いても改善の糸口が見つからないときは、作業の進め方だけでなく、その背景にある組織の「当たり前」を見直すことも、一つの選択肢です。
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