「意識を変えよう、と何度も伝えているんです。研修もやりました。でも、しばらくすると、いつもの感じに戻ってしまうんですよ。」
組織変革を任された方から、こうした言葉を聞くことがあります。あるいは、ご自身が同じことを感じている方もいるのではないでしょうか。
手は打ってきたはずです。キックオフで方針を語り、行動指針をつくり、朝礼で繰り返し伝えてきた。研修のあとには、前向きな感想も集まった。それでも、翌月の会議はいつもと同じ席順で、いつもと同じ人が話し、いつもと同じ結論で終わっていく。そうなると、話はつい「まだ意識が足りない」「もっと本気で伝えなければ」という方向に流れていきます。
では、呼びかけを重ねても戻ってしまう職場の空気は、どこで決まっているのでしょうか。
この記事では、人の振る舞いを「人を包む環境」の側から考えます。そのうえで、環境を6つの種類に分け、明日から1つだけ変えてみるための手順と、変化をどう確かめるかという物差しまで整理します。
人を説得する話ではなく、人が自然とそうしてしまう場をつくる話です。変えるべきなのは、人の意識そのものだけではなく、その人を包んでいる環境なのではないか。 私たちは、そう考えています。
1. なぜ「意識を変えよう」と呼びかけても、職場は元に戻るのか
意識に働きかけること自体は、間違っていません。方針を言葉にして伝えることで、目指す方向がそろいます。実際、トップのひと言で空気が変わる瞬間もあります。
ただ、呼びかけだけで変えようとすると、残る問題があります。翌朝、人が出社して向かうのは、昨日と同じ席、同じ会議室、同じ手順の仕事です。
たとえば、会議で「もっと自由に意見を出していこう」と伝えたとします。参加者も「はい」と応える。けれど、その会議は上座に役職者が並び、資料の読み上げから始まり、最後の5分で「何か質問は?」と聞かれる形のままです。これでは、発言しようとする気持ちがあっても、場の形が昨日までの振る舞いを呼び戻してしまいます。
呼びかけの言葉だけでは、会議の形は変わりません。
だからこそ、「なぜ、あの人は意見を言わないのか」と人に理由を探す前に、「なぜ、その人はこの場では意見を言いにくいのか」と問い直してみる必要があります。その答えは、人の内側だけではなく、会議の進め方や席の距離、情報の見え方といった、その人を取り巻く条件の側にもあるのではないでしょうか。
人の行動を変えたいとき、人だけを見るのではなく、その人を包んでいる環境まで見る。
この視点に立つと、「もっと意識を変えてほしい」と繰り返す以外にも、組織変革の打ち手が見えてきます。
では、環境を変えることで、人の振る舞いにはどのような変化が起こり得るのでしょうか。このことを考えるきっかけになったのは、組織ではなく、私自身の暮らしのなかで起きた小さな変化でした。
2. 人ではなく「環境」を変えると、行動は自然に変わりはじめる
ここ最近、自宅の配置をかなり変えました。キッチンの収納場所を変え、寝室の配置を変え、朝起きるための音を変えた。やったこと自体は、どれも小さな変更です。それでも、不思議なくらい生活が変わってきた実感があります。
たとえば、気づくとシンクに溜まっていた食器が、溜まらなくなりました。朝もなかなかベッドから出られなかったのに、起きたあと自然と体が動くようになった。頑張って習慣を変えようとしたわけではありません。むしろ、頑張っていないのに、行動のほうが変わっていた。 そんな感覚に近いものでした。
同じ時期に、お気に入りの家具をひとつ部屋に迎えたときにも、似たことが起きました。椅子に座ると机を出したくなり、机を出すと音楽を聴きたくなり、それまで使えていなかったスピーカーを使い始めた。その夜は、満足感の高いまま眠れました。
誰かに指示されたわけでも、自分で「こうしよう」と強く決めたわけでもありません。周囲の環境が少し変わったことで、それまで出ていなかった行動が、自然と順番に出てきたのです。
もちろん、これは私自身の暮らしのなかで起きた出来事です。この経験だけから、「環境を変えれば必ず行動が変わる」という一般的な因果関係を示すことはできません。
それでも、職場で「何度伝えても、人の振る舞いが元に戻ってしまう」という問題を考えるとき、ひとつの視点を与えてくれました。
人そのものを変えようとする前に、その人が毎日触れている環境を変えてみる。
それだけでも、これまでとは違う行動が生まれる可能性があります。
では、なぜ小さな配置や環境の変化が、私たちの振る舞いにまで影響するのでしょうか。
3. なぜ環境を変えると行動が変わるのか。「第二の肉体」という考え方
ときどき、自分がもしまったく別の体に生まれていたら、同じ世界をどう感じていただろう、と考えることがあります。
体の状態が違えば、同じものを見ても感じ方は変わります。元気な日に見る景色と、疲れ切った日に見る景色では、同じ道でも受け取り方が違うはずです。そして、受け取り方が変われば、そこから考えることや湧いてくる感情、その先にある行動も変わっていきます。
そう考えていくと、私には「空間もまた、体の延長にあるのではないか」と思えてきました。体のすぐ外に服があり、その外側に空間がある。空間は、いわば人を包む「第二の肉体」のようなものです。

ここでいう「第二の肉体」は、学術的な用語として提示しているものではありません。人と環境の関係を考えるために、私たちがこの記事で用いている比喩です。また、「受け取り方→考え→感情→行動」という流れも、環境の変化が人の振る舞いにつながっていく過程を理解しやすくするための整理として示しています。
そして、ここでいう「空間」とは、オフィスの内装を豪華にすることでもありません。人が毎日そこで何を目にし、どんな距離で人と向き合い、どんな音や順番のなかで仕事を始めるのか。そうした日々の条件まで含めて捉えています。立派な設備がなくても、こうした条件は変えられます。
この視点を職場に広げてみると、見直せるものは物理的な空間だけではありません。会議の始め方も、誰と誰が近くにいるかも、情報がどのように見えているかも、人の振る舞いを取り巻く環境の一部です。
「人を変える」ことから始めるのではなく、「人を包むもの」を見直す。 ここから、組織変革の打ち手をより具体的に考えられるようになります。
では、職場で人を包んでいる環境には、具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
4. まず見直したい「人を包む6つの環境」
ここまで「環境」という言葉を使ってきましたが、職場で人を包んでいる環境は、物理的な空間だけではありません。会議の進め方や人との距離、情報の見え方、日常の小さなルールも含まれます。
私たちは、こうした職場の環境を、実務のなかで6つに整理しています。これは学術的な分類ではなく、「人ではなく、その人を包んでいるものを見る」ための、私たちなりのフレームワークです。
- 会議のやり方:集まり方、進め方、誰が最初に話すか
- 人と人の距離:席の配置、関わる頻度、相談できる相手との近さ
- 情報の見え方:何が目に入り、何が見えないままになっているか
- 空間:場所、配置、明るさや音
- 道具:使うもの、その置き場所、使いやすさ
- 日常の小さなルール:誰も意識していない決まりごと

たとえば会議なら、資料の読み上げから始めるのか、参加者一人ひとりの発言から始めるのか。人と人との距離なら、部署をまたいで相談したいときに、相手に声をかけやすい状態になっているか。情報なら、他部署の進み具合が見えているかどうか。こうした条件の違いによって、その場で取りやすい行動も変わってきます。
ここで重要なのは、6つを一度に変えようとしないことです。組織を変えようとすると、制度も会議もオフィスもコミュニケーションも、と一度に手を入れたくなります。しかし、それでは何が行動の変化につながったのかも見えにくくなります。
まずは、何度呼びかけても同じ振る舞いが戻ってくる場面をひとつ思い浮かべてみてください。そのうえで、次のように問い直してみます。
- いつも同じ人だけが話すなら、会議のやり方に原因はないか。
- 必要な相談が後手に回るなら、人と人の距離に原因はないか。
- 部署間の連携が遅れるなら、情報の見え方に原因はないか。
- 集中や対話が生まれにくいなら、空間に原因はないか。
- 便利な仕組みが使われないなら、道具やその置き場所に原因はないか。
- 新しい行動が定着しないなら、日常の小さなルールが以前のまま残っていないか。
人の姿勢や意欲を問う前に、こうして周囲にある条件をひとつずつ見ていく。それだけでも、「変わらない理由」の見え方は変わってきます。
変えるべき対象を「人」から「人を包んでいる環境」へ移すと、組織変革はもう少し具体的に扱えるようになります。
では、実際の組織で環境の側から場をつくると、どのようなことが起こるのでしょうか。
5. 実際の組織でも、「この状態を続けたい」という声が生まれた
私たちが現在関わっている、製造業のお客さまとのプロジェクトがあります。新しい職場の要件を決めていく段階で、カルチャーエンジニアリングの観点からワークショップを設計し、進めています。
そこで意識したのも、ここまでお伝えしてきた「人を直接変えようとするのではなく、人を包む環境の側から考える」という発想でした。参加者に「もっと前向きに話してください」とお願いするのではなく、自然と対話が生まれる場そのものをどう設計するか。その考え方をもとに、ワークショップを組み立てました。
今回のワークショップには手応えがあり、終わりには多くの参加者の方から「今日のこの雰囲気、ワクワク話している状態を社風にしたい」という声をいただきました。
もちろん、1回のワークショップで生まれた空気が、そのまま社風になるわけではありません。この出来事だけで、環境を変えれば組織文化が変わると結論づけることもできません。
それでも私たちにとって大きな手がかりになったのは、「こうしてください」と指示したわけではないのに、参加者自身の口から「この状態を続けたい」という言葉が出てきたことでした。
人に「変わってください」と求め続けるのではなく、人が自ら「この状態を続けたい」と思える場をつくる。
組織変革を考えるとき、その違いは小さくありません。
そして、これは大規模なオフィス改装や制度変更だけでできることでもありません。会議の始め方を変える、席の並びを変える、情報の見せ方を変える。日常にある小さな環境からでも試すことができます。
では、自分の職場で始めるなら、具体的に何を変えればよいのでしょうか。
6. 明日からできる。職場の環境を変える3ステップ
環境の側から変えるといっても、大がかりな改装は必要ありません。変えるのは、職場という「第二の肉体」のうち、ほんの1点です。
ここでは、明日の会議からでも試せるように、手順を3つに整理します。
- STEP 1 環境を1つ選ぶ:何度呼びかけても、同じ振る舞いが戻ってくる場面を選ぶ
- STEP 2 小さく変える:配置・順番・道具などのうち、1点だけを変える
- STEP 3 出てきた行動を見る:指示していないのに生まれた行動を探す

まずSTEP 1の「環境を1つ選ぶ」で見るのは、呼びかけても同じ振る舞いが戻ってくる場面です。たとえば、「もっと意見を出してほしい」と伝えているのに、定例会議では若手がほとんど発言しない。その場合は、まず「会議のやり方」に目を向けてみます。
このとき、「なぜ若手は発言しないのか」と人に原因を求めるのではなく、「この場で、発言しにくくなるのはどの瞬間だろう」と考えます。資料の説明が長いのかもしれません。役職者が最初に結論を話しているのかもしれません。あるいは、発言する機会そのものが最後の「何か質問は?」しかないのかもしれません。
STEP 2では、見つけた環境のうち1点だけを小さく変えます。たとえば会議の冒頭で、「今日は資料の説明の前に、一人ひと言ずつ、いま気になっていることを話してから始めましょう」と伝えてみる。席の並びを、役職順ではなく議題に近い人が話しやすい配置に変えてみるのも、ひとつの変更です。
大切なのは、一度にすべてを変えないことです。大きな変革を始めるのではなく、小さな違いをつくり、そのあと何が起こるかを見る。 そのくらいから始めます。
そしてSTEP 3では、「指示した行動ができたか」だけではなく、そのあとに指示していない行動が出てきたかに目を向けます。会議のあとに誰かが自分から資料を共有した。これまで接点のなかった部署へ相談に行った。会議中に、それまで発言していなかった人から新しい問いが出た。そうした小さな変化を観察します。
ここで気をつけたいのは、環境を変えたあとに、その使い方まで細かく指示しすぎないことです。自宅に家具を置いたときも、「次は机を出し、その次は音楽を聴き、スピーカーを使おう」と決めていたわけではありませんでした。環境が変わったあとに何が自然と起きるのかを見ることで、想定していなかった行動にも気づけます。
明日の会議で試すなら
ここまでを、自分の職場に置き換えてみます。大がかりな計画をつくる必要はありません。次の会議をひとつ選び、以下の5項目だけ整理してみてください。
- 変えたい振る舞い:今、何が起きていないか
- その振る舞いが起きにくい場面:いつ、どこで起きているか
- 関係していそうな環境:6種類のうち、どれか
- 明日1つだけ変えること:配置・順番・見せ方・道具など
- その後に見ること:指示していないのに、どんな行動が生まれたか
たとえば、「若手から意見が出ない」という課題なら、次の会議で「資料説明より先に、全員が一言ずつ話す」という変更だけを試してみる。そして、発言数だけを見るのではなく、その後に質問や相談、情報共有などの行動が自然に生まれたかを見ます。
「どうすれば人を変えられるか」ではなく、「何を変えたら、人の行動が自然と変わりはじめるか」。
この問いに置き換えることが、環境の側から組織変革を始める第一歩です。
では最後に、こうして生まれた小さな変化を、組織変革のなかでどう捉えればよいのかを考えていきます。
7. 変革が始まったサインは、「指示していない行動」に表れる
組織変革の進み具合を確かめようとすると、「何を、どれだけ実施したか」に目が向きがちです。指示やルールをいくつ出したか、研修を何回実施したか、制度やオフィスをどれだけ整えたか。どれも必要な取り組みですし、実施した量は把握しやすいものです。
ただ、それだけを見ていると、施策は増えているのに、人を包む環境や日々の振る舞いは以前と変わっていない、ということも起こります。そこで、もうひとつ見ておきたいのが、「どんな行動が、どこから生まれたのか」です。
環境を変えたあと、誰かに指示されたわけではないのに、これまでなかった行動が生まれたか。会議のあとに自分から資料を共有する人が現れた、これまで接点の少なかった部署へ相談に行くようになった、眠っていた道具や人の力が使われ始めた。そうした変化は、その場を包む環境と人の振る舞いの関係を考える手がかりになります。
第5章で紹介した製造業のワークショップでも、私たちが注目したのは、参加者に「この場を好きになってください」と伝えたかどうかではありません。参加者自身から「今日のこの雰囲気、ワクワク話している状態を社風にしたい」という声が出てきたことでした。
変革を見るとき、「何をやったか」だけでなく、「その結果、人から何が自然に出てきたか」まで見る。
環境の側から組織を変えていくうえで、私たちはこの視点を大切にしています。

ただし、「指示していない行動が多ければ多いほど、組織変革が成功している」という単純な話ではありません。大切なのは数そのものではなく、目指している組織の状態につながる行動が、指示がなくても生まれ始めているかを見ることです。
たとえば、部署間の連携を増やしたいのであれば、自発的な相談や情報共有が生まれているか。会議で多様な意見を出したいのであれば、これまで発言の少なかった人から問いや意見が出るようになったか。目指す状態によって、見るべき行動も変わります。
環境を変えたら、すぐに「成功した」「失敗した」と判断するのではなく、そのあとに人がどんな振る舞いを始めたのかを観察する。そして必要であれば、もう一度環境を調整する。小さく変えて、行動を見て、また整える。その繰り返しが、組織の日常を少しずつ変えていきます。
8. まとめ|人を変える前に、人を包む環境を見直す
何度呼びかけても、職場の空気が元に戻ってしまう。そんなとき、足りないのは必ずしも「本人の意識」や「伝える回数」だけではありません。人が毎日戻っていく環境が同じであれば、そこで生まれる振る舞いも、以前の状態に戻っていくことがあります。
だからこそ、人を変えようとする前に、その人を包んでいる環境を見てみる。 これが、この記事でお伝えしたかった一番大きな視点です。
職場で見直せる環境は、オフィスのような物理的な空間だけではありません。会議のやり方、人と人との距離、情報の見え方、空間、道具、日常の小さなルール。私たちは、この6つの視点から「人がなぜその振る舞いをしているのか」を捉えています。
そして、すべてを一度に変える必要はありません。まずは、何度呼びかけても同じ振る舞いが戻ってくる場面をひとつ選ぶ。関係していそうな環境をひとつだけ変えて、そのあとにどんな行動が生まれるのかを見てみる。「1つ選ぶ→小さく変える→出てきた行動を見る」から始められます。
変化を見るときも、「施策を何回実施したか」だけではなく、その結果として、これまでなかった行動が自然に生まれているかに目を向けます。自分から情報を共有する、別の部署へ相談に行く、これまで発言していなかった人から問いが出る。そうした行動は、環境と人の振る舞いの関係を考える手がかりになります。
この記事では、人を包む環境を「第二の肉体」と表現してきました。これは、人の行動を本人の意識や意欲だけの問題として捉えるのではなく、その人が毎日どんな環境に包まれているのかまで含めて考えるための視点です。
明日、職場に行ったとき、まずひとつだけ見てみてください。
何度言っても変わらないその行動を、今の環境のどこかが呼び戻していないでしょうか。
もし思い当たるものがあれば、人にもう一度「変わってほしい」と伝える前に、その環境をひとつだけ変えてみる。そこから、これまでとは違う行動が生まれるかもしれません。
人を頑張って変え続けるのではなく、人が自然と力を出せる環境をつくる。
組織変革の入口は、そんな身近なところにもあります。
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②ミドルマネジメント|丁寧に説明しても、なぜ現場は動かない? ─会議に足りない「出番」のつくり方
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Podcast
Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」では、組織のリアルな課題を毎週解体しています。
一人ひとりが、自然と力を出せる環境で働ける組織へ
今日から始められるのは、呼びかけても変わらない場面をひとつ選び、その場を包む環境を1点だけ変えてみることです。チームであれば、会議の始め方や席の並びを変えるだけでも、これまでとは違う行動が生まれる可能性があります。
ただ、それを一時的な工夫で終わらせず、組織の日常にしていくためには、個々の施策だけではなく、その奥にある文化まで見ていく必要があります。人を包む場や仕組みが、日々どのような振る舞いを呼び出しているのか。そこまで含めて組織の「見えないOS」を捉え、再設計していくことが、私たちの考えるカルチャーエンジニアリングです。
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