部下に「最近どう?」「仕事、きつくない?」と聞いたとき、「大丈夫です。やれます」と返ってきて、そのまま面談を終えたことはないでしょうか。
厄介なのは、同じように「大丈夫です」と答えていた二人が、半年後にはまったく違う状態になっていることです。片方は任せられる仕事の幅が目に見えて広がり、もう片方は口数が減って、期日ぎりぎりの報告が増えていく。振り返ってみると、二人が抱えていた仕事の量には、それほど大きな違いがなかった。そんな景色に心当たりのある方は、少なくないのではないでしょうか。
私自身も、この夏、後者に近い状態を経験しました。ある仕事で、最初に決めたはずの役割がじわじわと広がり、「もう少しだけ」「ここまでなら」と足していくうちに、気づけば自分の容量を超えていました。そのとき何より困ったのは、忙しさそのものではありませんでした。
困ったのは、この苦しさが自分を伸ばしている途中のものなのか、それとも、ただ自分を削っているだけのものなのか、渦中にいる自分には判断がつかなかったことです。朝には「これは自分の伸びしろだ」と思えても、夜には「ただ消耗しているだけだ」と感じる。1日のなかでも、その判断は何度も揺れました。
同じ「しんどい」でも、その先にできることが増えていく苦しさと、我慢だけが積み重なっていく苦しさがあります。
この記事では、部下育成の場面で起きる「頑張っているのに、なぜか伸びない」という状態を、本人のやる気や仕事量だけではなく、「苦しさの種類」という角度から考えます。そして、その違いを見分けるために私たちが整理した2つの問いと、次の1on1から使える具体的な方法をご紹介します。
1.「大丈夫です」で面談を終えていませんか?
面談で私たちが確認しているのは、たいてい「量」の話です。いま何件の案件を抱えているか。残業はどのくらいか。期日には間に合いそうか。そして返ってくる答えも、「まあ、なんとか」「今週は山場ですが、大丈夫です」と、やはり量についてのものになりがちです。
たとえば、こんなやり取りに見覚えはないでしょうか。
- 上司「いまの案件、負荷どう? きつかったら言ってね」
- 部下「大丈夫です。やれます」
- 上司「そっか。無理しないでね」
この会話には、ひとつ重要な情報がありません。それは、本人が「何に」しんどさを感じているのかです。時間や件数の話はできていても、その中身までは開かれない。そのため、上司の手元に残る情報は「忙しそう」というものになり、打ち手も「少し仕事を減らそう」といった量の調整に寄りやすくなります。
ここで、少しだけ部下の側にも立ってみます。「大丈夫です」と答えるのは、必ずしも強がっているからとは限りません。そもそも、自分が抱えているしんどさをどう説明すればいいのか、そのための言葉を持っていないこともあります。時間や案件数なら数えられますが、「自分は何に苦しんでいるのか」は、問われた経験がなければ簡単には言葉にできません。
もちろん、これは上司が手を抜いているという話ではありません。むしろ、面談で確認する項目そのものが「どのくらい大変か」に寄っていれば、会話も自然と量の確認になります。
「どのくらいしんどいか」だけではなく、「何がしんどいのか」。ここまで開けるかどうかが、部下育成の打ち手を変える最初の分かれ目になります。
では、「しんどい」という一言の下には、何が隠れているのでしょうか。
2. 同じ「しんどい」でも、伸びる苦しさと、削られる苦しさがある
先日、経営の先輩に相談したとき、「苦しさには2つの種類がある」という話をされました。
ひとつは、できないことを、できるようにしている最中の苦しさ。もうひとつは、嫌なことを、我慢し続けている苦しさです。
前者は、時間が経つと本人のなかに何かが残ります。できることが増える。判断が速くなる。同じ場面に直面したとき、以前ほど怖くなくなる。一方、後者は、時間が経ってもできることが増えるとは限らず、疲労感だけが積み重なっていくことがあります。
同じ「しんどい」という一言で語られていても、片方は成長につながる可能性のある負荷であり、もう片方は消耗につながる可能性のある負荷です。
ここでいう2種類は、「良い苦しさ」と「悪い苦しさ」で人や仕事を二分するためのものではありません。同じ人が、同じ週のなかで両方を抱えていることもあります。また、我慢が必要な場面そのものをなくせるわけでもありません。繁忙期の追い込みや、誰かの穴を一時的に埋める仕事など、面白くなくても引き受ける必要がある仕事は実務上存在します。
問題なのは、我慢する状態が長く続いているにもかかわらず、本人にも周囲にも、その苦しさの種類が見えていないことです。
たとえば、現場ではどちらも「難しいです」という言葉から始まるかもしれません。ただ、その後に続く言葉には違いがあります。
- 「難しいです。ただ、先週よりは要点が見えてきました」
- 「難しいです。まあ、言われた通りにやるだけなので」
一言目は同じでも、二言目から見えてくる状態は違います。そして、この二言目は、何もしなければ表に出てこないことがあります。上司が量についての質問だけを重ねているかぎり、会話が「難しいです」の一言で折り返してしまうからです。
では、その違いを誰が見分けるのでしょうか。
3. 本人にも、自分の「苦しさの種類」は見分けにくい
少なくとも私の場合は、自分一人ではうまく見分けられませんでした。朝は「これは自分の伸びしろだ」と思えていたのに、夜には「ただ削られているだけだ」と感じる。1日のなかで判定が反転するため、自分の感覚だけを物差しにすることができなかったのです。
先ほどの先輩からは、もうひとつ印象に残る話をされました。渦中にいるときは、全部が「我慢」の側に見えることがある。あれは自分が伸びるための苦しさだったと分かるのは、後から振り返ったときかもしれない、という話です。
もちろん、これは私自身の経験と、そこから得た見立てであり、そのまま誰にでも当てはまるものではありません。ただ、組織のなかでも似た構造が起きていると考えると、説明のつくことがあります。ここから先は、この経験をきっかけに整理したBulldozerとしての見立てです。
「自分で気づいてほしい」「しんどかったら言ってほしい」だけでは、渦中にいる本人がまだ言葉にできていない苦しさを拾えないことがあります。
だからこそ、本人の自己申告を待つだけではなく、苦しさの種類を一緒に見分けるための問いを、外から差し出す必要があります。
では、その問いがないとき、組織の打ち手はどうなるのでしょうか。
4. 「減らす」か「耐えさせる」かの二択になるのは、なぜか
組織が持っている計器を並べてみると、その多くは「量」を捉えるためのものです。稼働時間、残業時間、抱えている案件数、面談の実施回数、ストレスチェックの点数。どれも、本人が「どのくらい」の状態にあるのかを把握するための重要な情報です。
一方で、日々のマネジメントにおいて、「どんな種類の苦しさを抱えているのか」まで確認する機会は、それほど多くないのではないでしょうか。
量を中心に見ていると、打ち手も量の調整に寄りやすくなります。負荷が高ければ、仕事を減らして守る。あるいは、成長のためにもう少し耐えて乗り越えてもらう。育成の議論が「もっと任せるべきか、もっと守るべきか」という二択で行き詰まるとき、そのどちらも「量」を動かそうとしている点では共通しています。
しかし、同じように負荷が高く見える人でも、置かれている状態は同じとは限りません。新しい仕事に挑戦し、試行錯誤しながらできることを増やしている人もいれば、自分では変えにくい条件のなかで、ただ我慢を続けている人もいます。

いま手厚く伴走したい相手と、仕事の条件や配置そのものを見直したい相手が、同じ「負荷が高い人」として見えてしまう。量だけでは、この違いを捉えきれません。
ここで大事なのは、これを上司の意識や優しさだけの問題にしないことです。仕分けるための問いが面談シートにも、会話の順番にも入っていなければ、誰であっても量の話に寄りやすくなります。
では、苦しさの種類を見るために、新しい制度や長い面談時間が必要なのでしょうか。
5. 仕分けに必要なのは、面談の時間ではなく2つの問い
私たちが実務のなかで整理したのは、次の2つの問いです。
① その苦しさは、努力で埋まるものか
② 本人は、それをやれるようになりたいか
ここでいう「努力」とは、本人がただ我慢したり、長時間働いたりすることではありません。経験を積む、知識やスキルを身につける、試行錯誤を重ねるなど、本人の成長によって埋められる余地があるかという意味で使っています。
1つ目は、いま起きているつまずきが、そうした本人の成長によって乗り越えられるものなのか、それとも、権限・情報・時間・環境など、本人だけでは変えにくい条件によるものなのかを見る問いです。
2つ目は、その仕事や能力に対して、本人自身がどちらを向いているのかを見る問いです。
「努力で埋まるか」と「本人がやれるようになりたいか」。この2つを重ねることで、同じ「しんどい」の中身を、もう一段具体的に捉えられるようになります。
この2軸で整理すると、苦しさは大きく4つの状態として見ることができます。

① 努力で埋まる × やれるようになりたい|伸びる途中の苦しさ
本人が身につけたいと思っていて、経験や練習によって差を埋められるのであれば、すぐに仕事を外すのではなく、伴走する余地があります。何ができるようになれば一段抜けられるのかを明確にし、到達点や期限を一緒に置く。ここでは、苦しさをなくすことよりも、乗り越えるための支援を考えます。
② 努力では埋まらない × やれるようになりたい|足りないのは「条件」
本人には意欲があるのに、努力だけでは状況を変えにくい場合、本人をさらに頑張らせても解決しない可能性があります。必要な情報がない、権限が足りない、使える時間が極端に少ない、適切な道具がない。そうした状態であれば、動かすべきなのは本人ではなく、仕事を取り巻く条件です。
③ 努力で埋まる × そうでもない|仕事の「意味」が渡っていない
できるようになる可能性はあるものの、本人がそこに向かいたいと思えていない場合には、「もっと頑張ろう」と促す前に、なぜこの仕事を任せているのかを確かめる必要があります。本人にとっての意味が見えていないのか、上司が期待を十分に伝えられていないのか。仕事と本人との接続を、いったん訳し直します。
④ 努力では埋まらない × そうでもない|削られるだけの時間になっていないか
本人の努力だけでは変えにくく、本人自身もその仕事をやれるようになりたいと思っていない。この状態が長く続くのであれば、早めに仕事を外したり、任せ方や配置を変えたりすることも検討します。我慢を続けることそのものを、育成と取り違えないためです。
なお、これは学術的な分類や、人を4タイプに分けるための診断ではありません。実務のなかで、「いま起きている苦しさに対して、何を動かせばいいのか」を考えるために整理したフレームワークです。
大切なのは、4つのどこかに正確に分類することではありません。本人と上司が「いま、どのあたりにいるのだろう」と一緒に考え、次に動かすものを見つけることです。
6. 2つの問いは、「判定」ではなく対話を始めるために使う
実際の面談では、本人の答えがきれいに「はい」「いいえ」に分かれるとは限りません。たとえば、こんなやり取りがあるかもしれません。
上司「この仕事、やれるようになりたい?」
部下「……やりたいかと言われると、正直うーん、です。ただ、できないままなのは悔しいです」
この答えを聞いて、「では、やれるようになりたい側だ」とすぐに分類する必要はありません。「できないままなのが悔しい」と「今後もこの仕事をやれるようになりたい」は、似ているようで少し違うからです。
そんなときは、「できるようになったら、今後もこの仕事をやっていきたいと思う?」と、もう一段だけ聞いてみる。あるいは、「何ができないことを一番悔しいと感じている?」と聞いてみる。2つの問いの目的は答えを判定することではなく、「何を変えれば、この苦しさは前に進むのか」を話し始めることです。
7. 次の1on1で変えるのは、最初の一問だけでいい
では、明日から何をすればよいのでしょうか。
まずは、次の1on1で最初の一問を変えてみてください。「どのくらい大変?」と量を聞く前に、「その仕事、やれるようになりたい?」と聞いてみる。新しい制度や面談シートを用意する前に、会話の順番をひとつ変えるところから始められます。
順番には意味があります。量から入れば、「今週は忙しいです」「あと2件あります」といった量の話が中心になります。一方で、本人がその仕事をどう捉えているのかから入れば、その後の量の話も、「どのくらい伴走が必要なのか」「何を動かせば前に進めるのか」を考えるための材料になります。
実際の会話では、2つの軸をそのまま質問文にする必要はありません。たとえば、次のように聞くことができます。
- 「その仕事、やれるようになりたい?」
- 「いま一番しんどいのは、どこ?」
- 「それは、経験を積んだり、やり方を覚えたりすれば変わりそう? それとも、自分だけでは変えにくそう?」
この3つをすべて聞く必要もありません。大切なのは、「どのくらいしんどい?」だけで終わらず、「何がしんどいのか」「その苦しさに対して、何を動かせるのか」まで会話を開くことです。
記録の仕方も、少しだけ変えられます。面談メモに時間や案件数だけを残すのではなく、その隣に「種類」という一行を足してみる。伸びている途中なのか、条件が足りないのか、仕事の意味が十分に接続されていないのか、それとも任せ方そのものを見直したほうがよいのか。確定した答えでなくても、その時点での見立てを残しておけば、後から変化を振り返る材料になります。
本人の向きも、仕事を取り巻く条件も、時間とともに変わります。だからこそ、一度出した答えを固定せず、節目で同じ問いを置き直します。
1つだけ始めるなら、次の1on1で「その仕事、やれるようになりたい?」と聞いてみる。それだけでも、「大丈夫です」の先にある会話を開くきっかけになります。
8. 部下育成は「乗り越えさせる」から「苦しさを仕分ける」へ
ここまで見てきたように、同じように忙しく、同じように「しんどい」と感じていても、その中身は同じとは限りません。できないことを、できるようにしている途中なのか。本人の努力では変えにくい条件に苦しんでいるのか。仕事の意味が本人に接続されていないのか。それとも、我慢を続けるだけの時間になっているのか。苦しさの種類によって、上司が動かすべきものは変わります。
上司の仕事は、部下の苦しさをすべて取り除くことでも、すべて乗り越えさせることでもありません。いま起きている苦しさが何なのかを、本人と一緒に見分けることです。
そこまで会話を開くことができて、はじめて「頑張っています」「大丈夫です」という言葉が、育成のための情報に変わります。
直近の1on1のメモを、一度開いてみてください。そこに残っているのは、残業時間や案件数、進捗率といった「量」だけでしょうか。それとも、その人が「何に苦しんでいるのか」まで残っているでしょうか。
部下の「しんどい」を、単なる負荷のサインではなく、次に何を変えるべきかを考えるための情報として扱う。そこから、部下育成の選択肢は増えていきます。
9. 「しんどい」を言葉にできる組織へ
ここまで紹介した2つの問いは、次の1on1から始められます。特別な研修や新しい制度がなくても、まずは目の前の会話を変えることができます。
ただし、一人の上司が始めた問いを、その人だけの工夫で終わらせず、組織の当たり前にしていくには、個人のコミュニケーションだけでは足りません。面談では何を聞くのか。仕事を任せるときに何を見るのか。評価では何を捉えるのか。そうした日々の判断の積み重ねが、その組織らしいマネジメントのあり方をつくっていきます。
私たちBulldozerは、こうした組織における「当たり前」の層を、組織の見えないOS=文化として捉えています。そして、その文化を意図的に捉え直し、事業や組織が目指す方向に合わせて設計していくことを「カルチャーエンジニアリング」と呼んでいます。
一人ひとりが、自分の「しんどい」を言葉にできる。そして上司も、それを「頑張れるか、頑張れないか」だけで判断せず、何を変えれば前に進めるのかを一緒に考えられる。そんな状態を、一部の上司だけの工夫ではなく、組織の当たり前にしていくことが、私たちの考える文化づくりのひとつです。
まずは、次の1on1から始めてみてください。
「その仕事、やれるようになりたい?」
その一問から、「大丈夫です」の先にあるものが見えてくるかもしれません。
自社でも、1on1やマネジメントが上司個人の工夫に依存している、組織としてどこから変えるべきか整理したい、と感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。
個人の工夫で終わらせず、人が力を発揮できる状態を組織の「当たり前」にしていく。そのために何を変えるべきか、一緒に整理します。
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今回の記事では、「しんどい」の中身を見分けることで、部下育成の打ち手を増やす方法を考えてきました。1on1の設計や、部下が相談できる関係づくりについてさらに考えたい方は、以下の記事もあわせてご覧ください。
① 1on1|期初の面談が「足りないもの」の話になるのは、なぜか ─「節目」はスタートラインとして開く
② ウェルビーイング|休んでも意欲が戻らないのは、なぜか ─「疲れた」の中にある、2つの残量
③ 部下育成|「何でも相談して」と言っているのに、部下から相談されないのはなぜ? ─上司が見落とす「4つの扉」
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