半年ほど前から、毎朝7つの項目を数字でつけています。睡眠時間、眠りの質、首と肩の張り、朝の起動しやすさ、そしてワクワク度。スマホで30秒の入力を続けて、自分の状態を毎日1行の数字として残す、という個人的な実験です。
続けているうちに、説明のつかない日が出てきました。よく眠れて、体の警告灯もその月でいちばん良い数字が出ているのに、ワクワクだけが0のまま動かない。同じことが3回起きて、ようやく腑に落ちました。
休めば戻るものと、休んでも戻らないものが、別々に存在しているのではないか。
ここから先は、この個人的な記録をきっかけにした、Bulldozerとしての見立てです。この2つの取り違えは、個人だけではなく、組織の中でもそのまま起きているのではないでしょうか。
有給を取らせても、意欲だけが戻ってこない
メンバーの元気がない。表情が硬い。会議で発言が減った。そういうとき、いちばん早く打てる手として休暇があります。実際、それで戻る人もいます。
ただ、休ませても戻らない人がいる、という経験はないでしょうか。連休明けに顔色は良くなっているのに、仕事への熱量だけが以前の位置に戻らない。体調を気づかって声をかけても、本人は「体は大丈夫です」と答える。
ここで打ち手が尽きると、次に出てくるのは「本人の意欲の問題」という説明です。ただ、休養という処方が効かなかったという事実は、意欲の欠如ではなく、減っているものが「休養では戻らない種類」だった可能性を示しているのかもしれません。
同じ「疲れた」でも、体と心では減っているものが違う
毎朝7項目を測り続けるなかで、私は「疲れ」という一語の中に、性質の異なる2つの残量が混ざっているのではないか、と考えるようになりました。
ひとつは「体の残量」です。私の場合、これは朝の起きやすさに表れます。予定や移動、本番などが重なると減り、眠る、休む、体をゆるめることで戻っていく。比較的、原因と回復方法の対応が見えやすい残量です。
もうひとつが「心の残量」です。私の場合、その変化は「ワクワクするかどうか」に表れました。こちらは、単純に活動時間が長いから減るというよりも、「決まっていないこと」を抱えているときに減っているように見えたのです。そのため、よく眠った翌朝でも戻らない日がありました。
もちろん、両方が同時に減っている日もあれば、片方だけが減っている日もあります。厄介なのは、本人も上司も、その状態を「疲れた」という同じ一語で表してしまうことです。
同じ「疲れた」でも、何が減っているのかによって、必要な打ち手は変わります。

心の残量を減らしていたのは、「忙しさ」だけではなかった
では、私の場合、心の残量が減っていたときには何が起きていたのか。記録とその日の状況を振り返ると、大きく3つのものが重なっていました。
- まだ決めていないこと
- 言葉にしていない感情
- 気が乗らないまま引き受けている仕事
1つめは、頭の中で持ち続けなければならない未決の案件です。決めていないものは、簡単には頭から離れてくれません。忘れられないので、業務時間の外でもどこかで動き続ける。結果として、休暇中であっても「完全に仕事から離れた状態」になりにくいのではないか、と感じています。
2つめは、処理されないまま置かれた感情です。理不尽な言われ方をした、評価に納得がいかない。こうしたものは、口に出さなければ消えるわけではなく、言葉にならないまま残り続けることがあります。
3つめは、合意のないまま増えていった仕事です。頼まれていないのに気づいてやってしまった仕事や、断りきれずに引き受けた仕事。「こんなにやっているのに」という言葉が本人から出てきたら、こうした仕事が積み重なっていないか、一度確認してみてもよいかもしれません。
この3つに共通しているのは、どれも作業時間として数えにくいことです。工数表にも勤怠にも出てきにくい。だからこそ、時間だけで人の状態を見ていると、この「見えない負荷」は取りこぼされてしまいます。
休暇より先に、決まっていない1件を減らす
では、元気のないメンバーを前にしたとき、何をすればよいのでしょうか。大事なのは、すぐに「休ませる」と決めるのではなく、何が減っているのかを見極めて、それに合った打ち手を選ぶことだと考えています。
体の残量が減っているときに、「では、この件を決めてください」と迫っても、判断するための体力そのものが残っていません。こういうときには、まず休むことが必要です。
逆に、心の残量が減っているときに休暇を取っても、抱えている「決まっていないこと」はなくなりません。仕事から離れている間も、その案件自体は決まっていないままです。
同じ善意の打ち手でも、減っているものと処方がずれていれば、期待したようには効きません。

私自身、決めていないことが1つ片づいた翌朝に、起動の数字が1から5へ跳ねたことがありました。前の晩に特別よく眠ったわけではありません。もちろん一度の変化だけで因果関係を断定することはできませんが、私自身にとっては、「休む」以外の方法で状態が大きく変わった印象的な出来事でした。
だからこそ、元気のないメンバーに「休めていますか」と聞くだけでなく、もうひとつ聞いてみたいことがあります。
「いま、決まっていないまま抱えているものはありますか」
この問いで出てきたものを、すべてその場で解決する必要はありません。まずは、本人が頭の中で持ち続けているものを1つ見つける。そして、決められるものなら決める。まだ決められないものなら、「いつ決めるのか」だけを決める。それだけでも、次に取るべき打ち手は見えやすくなります。
→ 決めたのに組織が動かないときの構造については、記事末尾の関連記事①でも触れています。
見えない負荷を溜めないために、組織でできる3つのこと
ただし、これを「本人がうまく対処すればいい」という個人の心がけだけに寄せると、続きにくいように思います。そこで、ここまでの見立てを組織に応用するなら、どんな仕組みを置けるのか。3つに整理してみます。
- 48時間:決まっていないことは、48時間以内に「いつ決めるか」を決めて、日付を置く
- その日のうち:感情は整えきらなくても、その日のうちに誰かに渡す
- 合意:明示的に合意していない仕事は、引き受ける前に一度確認する
1つめの「48時間」は、48時間以内に結論を出す、という意味ではありません。いま決められないものは、決められないままでかまわない。ただし、頭の中で持ち続けないために、48時間以内に「いつ決めるか」を決めます。「来月末に決める」と日付をつけて手帳やタスク管理ツールに置けば、少なくとも頭の中だけで持ち続ける必要はなくなります。
2つめの「その日のうち」は、感情をきれいな言葉にしてから話さなくてもよい、という設計です。理不尽に感じたことや、納得できなかったことを、その場できれいに整理できるとは限りません。だからこそ、整理してから伝えることを求めるのではなく、まず誰かに渡せる場所をつくる。翌日に持ち越さないための「置き場」があることが重要だと考えています。
3つめの「合意」は、仕事の境界線を確認するための仕組みです。「これは自分がやると合意した仕事か」を引き受ける前に一度確認する。気づいた人が善意で拾い続ける状態を当たり前にしないことで、本人も周囲も気づかないまま仕事が積み上がっていくことを防ぎます。
大切なのは、新しい制度を増やすことではなく、見えないまま溜まっているものを、組織の中で扱える状態にすることです。
この3つは、大がかりな制度改定をしなくても始められます。たとえば1on1の冒頭で「いま、決まっていないまま抱えていることはありますか」と聞く。チームの約束として3つのルールを置いてみる。まずはそのくらいの粒度から始められると思います。
休暇制度を増やす前に、決まっていないことを1つ減らせないか。新しい研修を入れる前に、言葉になっていない感情を置ける場所をつくれないか。本人の意欲を問う前に、合意のない仕事が積み上がっていないか。
「もっと休ませる」だけではなく、「そもそも何を溜めさせないか」を考える。ここまで来ると、ウェルビーイングは福利厚生だけではなく、日々のマネジメントや組織設計の問題として見えてきます。
ウェルビーイングは「休ませる」から「溜めさせない」へ
ウェルビーイングのための施策として、休暇制度、産業医面談、研修、サーベイなど、この数年でさまざまな仕組みが整えられてきました。どれも、働く人の状態を守るために必要なものです。
ただ、ここまで見てきたように、「疲れているから休ませる」だけでは届かない状態があるのだとすれば、回復のための施策と同時に考えたいことがあります。
それは、消耗してから回復させるだけではなく、そもそも「見えない負荷」を溜めさせない組織をつくることです。
一度、自社の状況を思い浮かべてみてください。
- 不調のサインが出たときの打ち手が、「休ませること」だけに偏っていないか
- 「決まっていないまま止まっていること」を、誰かが把握できているか
- 言いにくいことを、その日のうちに出せる相手が各メンバーにいるか
- 合意していない仕事が、誰かのところに静かに積み上がっていないか
ひとつでも引っかかるものがあれば、次に足すべきなのは、新しい制度ではないかもしれません。決まっていないことに日付をつける。1on1の最初の5分を、決まっていないことの棚おろしに使う。まずは、そのくらいの調整から始められます。
大切なのは、「疲れている人をどう回復させるか」だけを考えるのではなく、「なぜ、その人の中に負荷が溜まり続けているのか」まで見ることです。休暇を取ることと、決まっていないことを減らすこと。感情を置ける場所をつくること。仕事の合意を確認すること。それぞれは小さな行動ですが、日々のマネジメントの中に置けば、組織の状態を見る視点そのものが変わっていきます。
ウェルビーイングで本当に目指したいのは、消耗した人をその都度回復させることだけではなく、消耗そのものが溜まりにくい状態をつくることではないでしょうか。
回復は、何かが起きたあとの対応です。一方で、溜めさせないための設計は、日々の意思決定やコミュニケーション、仕事の渡し方そのものに関わります。
人が疲れてから支えるだけではなく、そもそも疲れを溜め込みにくい組織へ。そのために変えるべきものは、制度よりも先に、日々の小さな仕事の進め方なのかもしれません。
あなたの会社でいま元気のない人は、休みが足りないのでしょうか。それとも、決まっていないことを抱えたままなのでしょうか。
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① 組織課題|優先順位を決めても組織が動かないのはなぜか ─組織には「順位表」が2枚ある
② AI活用|なぜAIを入れた組織ほど疲弊するのか ─「意思決定コスト」という見えない負債
③ 若手育成|優秀な若手が辞めない組織は、何が違う? ─「自己効力感」から考える
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一人ひとりが、無理を溜め込まずに働ける組織へ
この記事で紹介した「48時間・その日のうち・合意」の3つは、1on1や日々の仕事の中から始められます。一方で、決まっていないことや言葉になっていない感情、合意のない仕事が誰かのところに溜まり続けない状態を、組織全体につくっていくには、個人の心がけや上司の問いかけだけでは変えきれない部分もあります。
困ったときに相談できる関係性があるか。誰が何を決めるのかが明確になっているか。気づいた人が仕事を抱え込むことが当たり前になっていないか。人の行動は、制度だけではなく、組織の中にある「当たり前」や、日々のコミュニケーションにも影響されます。
Bulldozerでは、こうした組織の「当たり前」を文化として捉え、組織の見えないOS=文化を再設計する「カルチャーエンジニアリング」を通じて、企業の変革を支援しています。
「休暇や1on1などの施策は整えているのに、組織の疲弊感がなかなかなくならない」「もっと一人ひとりが、無理を抱え込まずに働ける組織にしたい」と感じている方は、ぜひ一度ご相談ください。
自社の組織で何が負荷になっているのか、まだうまく言葉にできていない段階でも構いません。まずは現在地を一緒に整理するところから、お話しできればと思います。
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