若手育成について企業の方と話していると、よく聞く悩みがあります。「優秀な若手ほど辞めてしまう」というものです。
待遇を見直し、1on1を増やし、エンゲージメントサーベイも導入した。それでも、辞める人は辞めていく。「本人にとって、もっと魅力的な選択肢があったのだから仕方ない」と考えながらも、打ち手が空振りし続けているように感じる方もいるのではないでしょうか。
一方で、同じように優秀で、外でも十分に活躍できるはずなのに、会社に残る人もいます。古くて大きな組織の中でも、「ここは変えられない」と諦めるのではなく、自ら周囲に働きかけ、新しいことを始めていく。転職や独立という選択肢を持ちながら、あえて今いる組織を面白がっている人たちです。
今回は「優秀なのに辞めない人は、なぜ残るのか」から、若手の離職について考えていきたいと思います。そこから見えてくるものが、若手育成や離職防止の新しいヒントになるかもしれません。
その違いを考えるうえで注目したいのが、「自己効力感」です。そして後半では、若手本人の資質だけに答えを求めるのではなく、組織としてどのような環境や関係をつくれるのかまで考えていきます。
1. 「優秀な若手ほど辞める」は、本当に仕方ないのか?
「優秀な人は選択肢が多いのだから、辞めるのは仕方ない」。たしかに、それも一つの理由でしょう。ただ、この説明だけで終わってしまうと、会社としてできることまでなくなってしまいます。
そこで改めて考えたいのが、冒頭で触れた「辞めない人」たちです。彼らを見ていると、単に会社への愛着が強いから残っている、というだけでもなさそうです。むしろ印象的なのは、組織に不満や制約があっても、「だったら自分で動いてみよう」と考えていることです。
新しいことをしたければ、自分で企画をつくる。必要な人がいれば、部署を越えて会いに行く。目の前にある環境を「与えられたもの」として受け取るだけではなく、自分から働きかける対象として捉えているように見えます。
環境が整っているから残るのではなく、今いる環境にも自分から働きかけられると思えている。 この感覚に、若手の離職を考えるヒントがあるのではないでしょうか。
2. 辞める人と、残って環境を変える人。その違いはどこにある?
「自分で動けば、何かを変えられる」。この感覚を考える手がかりになるのが、心理学の「自己効力感(self-efficacy)」という概念です。
心理学者アルバート・バンデューラが提唱した自己効力感とは、ある結果を生み出すために必要な行動を、自分は実行できると考える信念を指します(Bandura, A. (1997). Self-Efficacy: The Exercise of Control. W.H. Freeman. )。
ここで大切なのは、能力が高いことと、「自分ならできる」と思えることは同じではない、という点です。十分なスキルや経験があっても、「この状況は自分には変えられない」と感じることはあります。反対に、まだ経験が十分でなくても、「まずやってみよう」「工夫すれば何とかできる」と考え、行動に移せる人もいます。

もちろん、「自己効力感が高ければ会社を辞めない」という単純な話ではありません。転職は、自分の意思で環境を変える前向きな選択にもなり得ますし、離職の背景には待遇、仕事内容、人間関係、ライフステージなど、さまざまな要因があります。
それでも、若手育成について考えるとき、自己効力感という視点を持つことで見えてくるものがあります。
若手が「もっと成長できる環境に行きたい」と考えたとき、私たちはつい、会社側にどんな成長機会を用意できるかを考えます。もちろん、それは大切です。
ただ、同じ環境にいても、自分で新しい仕事をつくったり、部署を越えて人を巻き込んだりする人もいます。会社から機会を与えられるのを待つだけではなく、自分から機会をつくっていく人です。
「成長できる環境があるか」と同じくらい、「この環境で、自分から何かを起こせると思えるか」。 私たちは、若手の定着を考えるとき、この違いにも目を向けています。
3. エンゲージメントは、「高めるもの」だけなのか?
ここまで考えると、離職防止でよく語られる「エンゲージメント」についても、少し違った見方ができます。
社内イベントを増やす。表彰制度をつくる。1on1を充実させる。サーベイを実施して課題を把握する。どれも、社員がよりよく働くための大切な取り組みです。
一方で、会社への愛着や一体感を直接「高める」ことだけを考えると、見落としてしまうものがあります。
たとえば、自分で提案した企画が小さくても形になった。部署を越えて声をかけた人が協力してくれた。難しいと思っていた仕事を任され、最後までやり切れた。こうした経験が積み重なると、「この会社が好きだから頑張る」だけではなく、「ここなら自分の力を発揮できる」「自分から動けば何かが変わる」という手応えが生まれてきます。
そして、その手応えが「ここでもう少し挑戦したい」という気持ちや、今いる組織への愛着につながることもあるでしょう。
だからこそ、エンゲージメントを「会社が社員に与えるもの」としてだけ捉えるのではなく、社員が挑戦し、周囲に働きかけ、手応えを得る過程から生まれるものとしても考えてみる。 そうすると、若手育成の打ち手も少し変わってきます。
では、「自分なら何かを変えられる」という感覚を、組織はどう支えられるのでしょうか。
そのヒントになるのが、上司からの評価とは少し違う、「評価から離れたところで、自分を認めてくれる人」との関係です。
4. 人は「評価」だけで、自信を持てるわけではない
ここで考えてみたいのが、私たちの周りにいる人との関係です。仕事で自分を認めてくれる人というと、まず上司が思い浮かぶかもしれません。上司から「よくやった」「成長したね」と言われることは、もちろん大きな励みになります。
ただ、上司にはもう一つの役割があります。仕事を任せ、成果を確認し、ときには改善を求め、最終的には評価する役割です。どれだけ信頼関係のある上司でも、この関係から完全に離れることはできません。
では、評価とは少し離れたところから、自分を認めてくれる人がいたらどうでしょうか。
このことを考えるきっかけになった、ひとつのエピソードがあります。あるメンバーは、自分が比較的「何とかなる」と思いやすい理由を振り返ったとき、子どもの頃のおじいちゃんとの関係を挙げました。会うたびに自分のことを全肯定してくれて、何をしても「すごい」と言ってくれる存在だったそうです。
もちろん、「祖父母に褒められたから自己効力感が高くなる」と一般化することはできません。ただ、この話には組織を考えるうえで興味深い点があります。それは、自分を評価する人とは別に、利害から少し離れたところで、自分の可能性を信じてくれる人がいたことです。
親や上司のように、育成や評価に責任を持つ人からの言葉と、そうした役割から少し離れた人からの言葉。同じ「認める」という行為でも、受け取る側にとって意味は少し違うのかもしれません。
組織にも「おじいちゃん」はいる
この関係を組織に置き換えてみると、面白いことに気づきます。
直属の上司は、自分の仕事を最も近くで見てくれる一方、評価や目標達成という利害の内側にいる人でもあります。それに対して、他部署の先輩や、以前一緒に仕事をした人、現場の直接的な利害から少し離れた人は、別の立場から自分を見ることができます。
たとえば、新しい企画を上司に相談すれば、実現可能性や予算、チームの優先順位といった観点から判断する必要があります。それは上司として当然の役割です。一方、普段の評価には関わらない先輩から「その発想、面白いね」「やってみたらいいんじゃない」と言われると、同じアイデアでも少し違った手応えを感じることがあります。
私たちは、こうした存在を「組織のおじいちゃん」と呼んでいます。
もちろん、年齢や役職のことではありません。成果を評価する直属の関係から少し離れた場所で、「あなたがやろうとしていることには価値がある」と認めてくれる人。必要なときには経験から助言をくれるけれど、自分の評価を決める人ではない。そんな存在です。
組織の中に必要なのは、評価をなくすことではありません。「評価される関係」だけではない関係を持てることです。
上司からの評価やフィードバックと、利害から少し離れた人からの承認は、どちらか一方を選ぶものではありません。役割の異なる関係が複数あることで、人は自分の仕事や可能性を一つの物差しだけで捉えずに済みます。
「タテ」だけでなく、「ナナメ」の関係を持つ
上司と部下のような評価を伴う関係を「タテ」とするなら、ここまで説明してきた関係は「ナナメ」と表現できます。

タテの関係には、目標を定め、フィードバックを受け、仕事の質を高めていく役割があります。一方、ナナメの関係では、普段の評価や直属の利害から少し離れているからこそ、目の前の成果だけではなく、その人の挑戦や可能性そのものについて話しやすくなります。
ここで注意したいのは、「ナナメの関係があれば自己効力感が高まる」と単純に言い切ることはできないという点です。自己効力感には、自分自身の成功体験や、他者の行動を見る経験、周囲からの働きかけなど、複数の要因が関係すると考えられています。
そのうえで私たちは、評価から少し離れた人との関係も、「自分ならやってみてもいい」「もう一度挑戦してみよう」と思える環境をつくる一つの要素になり得ると考えています。
「自分なら変えられる」と思える人を増やしたいなら、本人のマインドだけを変えようとするのではなく、その人を取り巻く関係にも目を向ける。 ここに、組織としてできることがあります。
5. 「斜めの関係」は、偶然ではなく組織でつくれる
では、「組織のおじいちゃん」のような存在にたまたま出会える人だけが、その恩恵を受けるのでしょうか。
そうではなく、組織側からも「ナナメ」の接点が生まれやすい環境をつくることはできます。大がかりな制度を新設しなくても、まず考えられるのは次の3つです。
- 評価に関わらない人との対話機会をつくる。 他部署の先輩など、直属の評価関係にない人と若手が定期的に話せる機会を設けます。
- 経験のある人に、「相談できる人」として関わってもらう。 役職を退いた人やOB・OGなど、現在の評価ラインから離れた人の経験を、若手との対話に生かします。
- 部署の外へ出る小さな機会を増やす。 社内公募や勉強会、部門横断プロジェクトなどを通じて、普段の上司・部下とは異なる関係が生まれるきっかけをつくります。
大切なのは、単純に「メンター制度を導入すればいい」と考えないことです。ナナメの関係の特徴は、普段の評価から少し離れていることにあります。そこでの会話まで人事評価の材料になったり、上司への報告を前提にしたりすれば、本人にとっては結局「評価される場」が一つ増えただけになりかねません。
また、組織が仕組みを用意するのを待たず、本人から関係をつくることもできます。
実際、私自身も会社員時代、話してみたいと思った役員に直接メールを送り、接点をつくっていました。役員にいきなり連絡する必要はありませんが、他部署の先輩にランチをお願いする、社内の勉強会に参加する、以前一緒に仕事をした人に久しぶりに連絡してみる。最初の一歩は、それほど大きなものでなくても構いません。
「斜めの関係」をつくるとは、特別な制度を増やすことではなく、自分を評価する人以外ともつながれる余白を、組織の中に増やすことです。
こう考えると、若手育成の打ち手は「上司がどう育てるか」だけではなくなります。本人、上司、人事、そして部署の外にいる人。それぞれが、若手が「ここなら自分から動ける」と思える環境をつくる側に回ることができます。
6. 「辞めない会社」ではなく、「ここなら変えられる」と思える会社へ
ここまで、優秀な若手が辞めない理由を「自己効力感」という視点から考えてきました。
もちろん、若手の離職を自己効力感だけで説明することはできません。待遇や仕事内容、人間関係、ライフステージなど、転職を考える理由は人によって異なります。また、本人にとって転職することがより良い選択なのであれば、それを無理に引き止めることが若手育成の目的でもありません。
だからこそ、若手育成のゴールを「どうすれば辞めさせずに済むか」から、少し置き直してみたいと思います。
目指したいのは、若手を引き止める会社ではなく、「ここなら、自分から何かを起こせる」と思える会社です。
新しいことをやりたいと思ったとき、提案できる。自分だけでは難しければ、部署を越えて誰かに相談できる。失敗したとしても、挑戦したことまで否定されるわけではない。そして、直属の上司だけでなく、自分の可能性を別の角度から見てくれる人がいる。
そうした環境であれば、会社に残ることは「ほかに選択肢がないから」ではなく、「ここでも、まだできることがあるから」という選択肢になっていきます。
若手が辞めないことそのものを成果にするのではなく、残ることにも魅力を感じられる組織をつくる。 その結果として定着につながる、という順番が大切なのではないでしょうか。
まず、自社の「関係」を見直してみる
では、自社には「ここなら自分から動ける」と思える環境があるでしょうか。
制度の数を確認する前に、まずは若手を取り巻く日常の関係を振り返ってみてください。
- 若手には、直属の上司以外に、仕事やキャリアについて話せる人がいるか
- 部署の外に、評価を気にせず相談できる人との接点があるか
- 挑戦した結果だけではなく、「やってみようとしたこと」にも言葉が返ってくるか
もし、どれもすぐには思い浮かばないのであれば、次の制度を増やす前に、一つの「斜めの関係」をつくるところから始めてもよいかもしれません。
大がかりな施策である必要はありません。若手一人と他部署の先輩をつなぐだけでもいい。部門横断のプロジェクトに一人送り出してみるのでもいい。評価とは関係のない30分の対話をつくることから始めてもいいでしょう。
重要なのは、制度を導入したかどうかではなく、その人が「困ったときに、この人に話してみよう」と思える相手が実際に一人増えたかどうかです。
明日から、一人との関係を変えてみる
「斜めの関係」は、組織全体の制度が変わるのを待たなくてもつくれます。そして、立場によって始められることも少しずつ違います。
若手本人であれば、部署の外に「この人と一度話してみたい」と思う人を一人探してみてください。キャリア相談と構えなくても、ランチや30分の会話をお願いするところから始められます。
上司であれば、自分一人で部下を育てようとせず、「この人と話したら視野が広がりそうだ」と思う他部署の人を一人紹介してみる。自分とは違う経験や視点を持つ人との接点を渡すことも、育成の一つです。
人事や組織開発の立場であれば、評価ラインの外にどのような接点があるかを一度可視化してみる。すぐに全社制度にするのではなく、一つの部署、一組の対話から試してみることもできます。
若手の自己効力感を「本人のマインドの問題」にしないこと。本人が「自分なら動ける」と思える関係や機会が、周囲にあるかまで考えること。 それが、組織側からできる若手育成の一つだと私たちは考えています。
7. 若手育成は、「残ってほしい」と伝えることだけではない
優秀な若手が辞めると、「もっと評価すべきだったのではないか」「待遇を変えるべきだったのではないか」「もっと会社を好きになってもらうべきだったのではないか」と、私たちはつい考えます。
どれも必要な問いです。ただ、それと同時に、もう一つ問いかけてみてください。
その人は、この会社で「自分から何かを変えられる」と思えていただろうか。
そして、その感覚を本人だけに求めるのではなく、組織の側にも問いを向ける。挑戦できる機会はあったか。部署の外に相談できる人はいたか。評価とは少し離れたところで、その人の可能性を見てくれる人はいたか。
若手育成というと、研修や1on1、キャリア支援といった「何を提供するか」に目が向きがちです。しかし、人が育つ環境は、制度だけでできているわけではありません。日々誰と出会い、誰に相談し、誰からどんな言葉を受け取るか。その関係の積み重ねも、組織の環境をつくっています。
だから、まず一人からで構いません。
部署の外に、話せる人を一人つくる。誰かにとって、自分がその一人になる。
「辞めないようにする」のではなく、「ここなら、まだ何かできる」と思える組織をつくる。
その積み重ねが、若手にとっても組織にとっても、より健全な「残る」という選択につながっていくのではないでしょうか。
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若手育成や組織づくりについて、あわせて以下の記事でも紹介しています。
① 離職防止|優秀な若手ほど、なぜ辞めるのか ─足りないのは制度ではなく「プロジェクト」
② 部下育成|「何でも相談して」と言っているのに、部下から相談されないのはなぜ? ─上司が見落とす「4つの扉」
③ チームづくり|会社が歩み寄るほど、一体感が生まれないのは、なぜか ─エンゲージメントには「向き」がある
もっと考えたい方へ
この記事で扱った「自己効力感」や「組織のおじいちゃん」「斜めの関係」について、Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」でも取り上げています。
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