「その事業、いつ黒字になりますか」。新規事業の会議で、最初に飛んでくる質問です。答えに詰まっていると、次は「他社の事例はありますか」と続く。どちらも、意地悪で聞かれているわけではありません。ただ、この2つに答えられる形に整えているうちに、最初にやろうとしていたことが少しずつ小さくなっていく。そんな覚えはないでしょうか。
体制は整えたはずです。専任のチームを置いた。予算もついた。役員がスポンサーについた。それなのに半年たつと、新規事業のはずの計画書が、既存事業の資料とよく似た形に落ち着いている。
では、なぜ同じことがくり返されるのでしょうか。担当者のやる気や、経営の本気度の問題として語られがちです。ただ、そこを責めても、次の一歩はなかなか出てこないのではないでしょうか。
この記事では、新規事業が止まる場所を「決め方」と「物差し」の2つから考えます。そのうえで、既存事業と分けておくものと、反対にそろえておくものを整理します。組織を大きく作り替える前に、次の会議から試せる話です。
1. 新規事業が止まる場所は2つ。決め方と、物差し
新規事業の会議で起きていることを、少し細かく見てみます。既存事業では、決めるための材料がそろっています。前例があり、需要の見通しがあり、今期の数字という共通の判断軸もある。ところが新規事業では、その材料がまだありません。前例がないからやる、という事業も多いはずです。
収録では、共演者が調べてきた話として、こんな整理が紹介されました。新しい施策や事業がアプリケーションだとすると、その下で動いている土台にあたるのは、組織構造や意思決定の仕組みである、という見方です。つまり、事業の中身よりも手前に、決めるための仕組みがあるという捉え方になります。
そう考えると、新規事業が止まる場所は、2つに分けて見ることができます。
● 決め方:誰が、何を根拠に、どこで決めるのか
● 物差し:何をもって「順調」と判断するのか
決め方は、会議体と権限の話です。新規事業の提案が、既存事業と同じ会議に、同じ資料の形式で持ち込まれると、そこでは前例と確度が問われます。物差しは、順調さの測り方です。今期の売上と利益で測れば、立ち上げ途中の事業は、ほぼ必ず見劣りします。

新規事業が進まないのは、アイデアの質よりも手前で、既存事業の決め方と物差しがそのまま当てられているからではないか。私たちは、そう考えています。
では、既存事業の決め方は、悪いものなのでしょうか。
2. 既存事業の決め方は、失敗を減らすために磨かれてきた
ここは、はっきりさせておきたいところです。既存事業の決め方は、雑に作られたものではありません。品質を落とさない、納期を外さない、コストを膨らませない。同じことを安定して回すために、長い時間をかけて磨かれてきた仕組みです。前例と確度を確認するのは、失敗の確率を下げるうえで理にかなっています。
ただ、その仕組みには、前提があります。やることが決まっていて、あとは精度を上げればよい、という前提です。新規事業では、この前提が最初から成り立たない場面が多いはずです。
何が当たるかわからないので、小さく試して、外れを早く見つけるほうが速い。同じ時間の使い方でも、既存事業では失敗を減らすことが成果で、新規事業では失敗を早く出すことが成果になります。
だから、既存の決め方を捨てるのではなく、新規事業のところにだけ、別の決め方と物差しを足す。順番としては、こちらのほうが現実的ではないでしょうか。
ここでいう「分ける」とは、新規事業を管理の外に置いて、好きにやらせるという意味ではありません。報告もしないし、数字も見ない。それでは、ただ放置しているのと同じです。分けるのは、決めるための仕組みのほうです。
では、その仕組みは、どの単位で分けるのでしょうか。
3. 分ける単位は、人ではなく「仕組み」
収録で話題になったのは、既存事業と新規事業で、土台そのものを別々に持つという考え方でした。ここで私が気になったのは、それを個人の中でもできるのか、という点です。
私の実感では、一人の頭と心の中で2つを切り替えるのは、かなりのコストがかかります。アプリを切り替えるようにはいかない感覚があります。全部の予定を決めてからでないと動けない自分と、思いついた瞬間に遠くへ行ってしまう自分を、同じ日に同居させるのは難しい。もちろん、これは私の感覚にすぎず、そのまま一般化はできません。ただ、組織のなかでも似たことが起きていると考えると、説明のつくことがあります。ここから先は、その観察をきっかけにしたBulldozerとしての見立てです。
既存事業の責任を持ったまま、新規事業も担当している人は、よく見かけます。その人は、午前中は失敗を減らす物差しで判断し、午後は失敗を早く出す物差しで判断することになります。
うまく切り替えられないとき、「あの人は新規事業に向いていない」と評価されることがあります。ただ、向き不向きの前に、同じ人に2つの物差しを同時に背負わせている設計のほうを見たほうがよいのではないでしょうか。

だから、分ける単位はチーム、会議体、評価のほうに置きます。同じ人が両方に関わるとしても、「この会議では新規事業の物差しで話す」と決まっていれば、切り替えの負担はかなり減るはずです。
では、分けたあとは、それぞれ好きに進めればよいのでしょうか。
4. 分けただけでは、分断になる
収録で私が話したのは、ここから先です。土台が違うからこそ、既存事業と新規事業は補完関係になれる。ただし、価値観や「何を目指すのか」が共有されていないと、その関係は破綻してしまう、ということでした。
会話にすると、こういう場面です。「新規事業は自由にやっていい」と言われたチームが、半年後の報告会で「それは、うちの会社がやる意味があるの?」と問われる。自由にやってよいと言われた側からすれば、後出しに感じます。問うた側からすれば、当たり前のことを確認したつもりです。どちらも間違っていません。目指す先が言葉になっていないと、この行き違いは何度でも起きます。
分けるほど、そろえておくものが要る。
では、具体的に何をそろえておけばよいのでしょうか。
5. 分けるもの、そろえるものを見極める3つの問い
組織を作り替える前に、次の会議で確かめられることがあります。新規事業のテーマを1つ選び、次の3つを言葉にしてみてください。これは学術的な分類ではなく、実務のなかで整理したものです。
● 目的:この事業を、自分たちが何のためにやるのか
● 物差し:これから半年、何をもって順調と判断するのか
● 決める場:誰が、どの会議で、どこまで決めてよいのか
「目的」は、そろえる側の問いです。「新しい収益の柱」という言い方だけでは、既存事業との違いが見えにくいままです。自分たちの何を生かすのか、どんな状態を作りたいのかまで言葉にできると、半年後の「やる意味あるの?」を先に片づけられます。
「物差し」と「決める場」は、分ける側の問いです。物差しでは、売上ではなく、確かめたい仮説がいくつ検証できたか、といった置き方もあります。決める場では、既存事業の会議とは別に、短くてもよいので新規事業だけを見る場を作っておく。ここが同じ会議のままだと、議題の後半に置かれて、時間切れで先送りになりがちです。

やってみると、3つのうちどこで詰まっているのかが見えてきます。まずは次の会議の最初の5分で、詰まった1つだけを言葉にしてみてください。3つ全部を整える必要はありません。
ここまでは、新規事業を進めるために「社内をどう設計するか」を見てきました。ただ、決める仕組みを整えるだけでは、そもそも「何を目指すのか」は見えてきません。新規事業では、社内の設計と同時に、社外で起きている変化を捉える必要があります。
6. 「何を目指すか」は、社内だけを見ていても決まらない
収録の後半で話していたのは、時代の文脈をどう掴むか、ということでした。本や記事で知識として知ることはできます。ただ、いまどちらへ動いているかという感覚は、いろいろな場所に出入りして、人と話して、体で感じないと掴みにくい。そういう話です。
やり方として私が挙げたのは、地図を白紙から書くようなイメージでした。いくつかの地点を観測して、それをつないでいくと、だんだん輪郭が立体になっていく。1か所だけを深く見ても、全体の形はつかみにくいままです。

会社が大きくなるほど、この輪郭は見えにくくなる。これは、私たちが実務のなかで感じている傾向です。部署ごとに最適化が進むと、担当している一部分の精度は上がる一方で、全体がどうなっているかを誰も持っていない状態になりやすいからです。新規事業の担当者が社内の会議室だけで悩んでしまうのは、本人の視野の狭さというより、観測できる地点が社内にしかない状態に置かれているからではないでしょうか。
だとすれば、打ち手は「もっと視野を広く持つ」ではなく、観測地点を1つ増やすことになります。まずは今月、社外の人と話す時間を1つだけ予定に入れてみる。それも立派な観測です。
では、こうして分けたりそろえたりしながら、組織はどこへ向かうのでしょうか。
7. これからの組織で効いてくるものは2つ。分ける設計と、つなぐ編集
巨大化した組織が縦割りになり、部分ごとの最適が積み上がっていく。その形のままでは、新しい価値は生まれにくいのではないか。収録では、そんな話にもなりました。これから先は、組織のあり方そのものが、全体で見る方向へ動いていくように感じています。
そこで効いてくるのが、バラバラの地点をつないで1つの絵にする力です。私はこれを編集する力だと考えています。いろいろな物事を集めて、自分たちなりの答えを出す。新規事業は、まさにこの力が問われる仕事ではないでしょうか。
もうひとつ、収録で印象に残ったやり取りがあります。個人のやりたいことと、会社のやりたいことは、重なっている範囲が多いほど面白い、という話です。重なりが薄いまま新規事業を任せると、担当者にとっては「降ってきた仕事」になります。逆に、重なりが厚ければ、多少の不確実さがあっても前に進めます。
これからの新規事業に要るのは、決め方を分ける設計と、目指す先をつなぐ編集の両方なのかもしれません。
最後に、この記事で考えてきたことを、問いの形で整理してみます。
まとめ:新規事業は「決め方を分ける」と「目指す先をそろえる」の両方で見直す
既存事業と同じ決め方では、なぜ新規事業が進まないのか。この記事では、その理由を担当者のやる気や経営の本気度ではなく、決め方と物差しという仕組みの側から考えてきました。そして、分けるほど、目指す先をそろえておく必要が出てくる。これが、私たちの見立てです。
一度、いま社内で動いている新規事業のテーマを、1つ思い浮かべてみてください。
● その事業は、既存事業と同じ会議で、同じ資料の形式で判断されていないでしょうか
● これから半年、何をもって順調と判断するかは、言葉になっているでしょうか
● 「うちの会社がやる意味」は、始める前に共有されているでしょうか
● 担当している人は、2つの物差しを同時に背負わされていないでしょうか
まずは次の会議の最初の5分で、目的・物差し・決める場のうち、いちばん詰まっている1つを言葉にしてみてください。
「新規事業のアイデアを、どう良くするか」という問いは、「その事業を判断する決め方と物差しは、既存事業と分けてあるか」という問いに置き換えられるのかもしれません。あなたの会社では、分けるものと、そろえるものは、それぞれ決まっているでしょうか。
関連記事
① 組織変革|新しい仕組みを入れても、なぜ現場は動かないのか ─施策の下にある「土台」
② イノベーション|アイデア研修を重ねても新規事業が生まれないのは、なぜか ─種のない土に、花は咲かない
③ DX|他社事例を集めても、自社で再現できないのは、なぜか ─効くのは事例の「距離」
Podcast
この記事のもとになった回では、組織の土台という見方から、既存事業と新規事業の分け方、時代の文脈の掴み方まで、44分かけて話しています。
EP40の音源はこちら
個人の工夫だけでは変えにくいところから、組織設計へ
目的・物差し・決める場を言葉にするところまでは、次の会議から始められます。
一方で、会議体や評価基準、権限そのものを変えようとすると、個人の工夫だけでは動かしにくい領域に入ります。
どの会議で決めるのか。何を成果と呼ぶのか。誰に権限があるのか。こうした組織の「当たり前」、つまり文化そのものまで含めて見直していく。
組織の見えないOS=文化を再設計する。そこがBulldozerのカルチャーエンジニアリングの領域です。
他のおすすめ記事をみる
Contact
資料のダウンロード・
お問い合わせはこちらへ
「アート思考、良さそうだけどピンときてない・・・」「うちの組織にどう適用したらいいかわからない」
そう思うのは自然なことです。どんなことでもお気軽にご相談ください。