離職防止を「人事の課題」にしていないか
優秀な若手ほど辞めてしまう。この悩みは、企業規模や業界を問わず、多くの組織で共通して聞かれます。
このテーマになると、多くの企業が最初に見直すのは人事施策です。採用広告の出し方、オンボーディングの設計、1on1の運用、エンゲージメント向上施策。もちろん、どれも欠かせない取り組みです。
しかし、それらを丁寧に積み重ねても、なお優秀な若手の流出が止まらない企業があります。
Podcastでこのテーマについて議論したとき、私たちが改めて感じたのは、離職防止を人事だけの課題として考えること自体に限界があるということでした。
人が辞める理由は、人事制度だけでは決まりません。誰に何を任せるのか。挑戦をどう位置づけるのか。現場の部門長や経営層の意思決定が、若手の定着に大きく影響しているケースは少なくありません。
今回は、人事施策だけでは見えにくい「現場と経営からできる離職防止策」を、構造から整理していきます。
「制度がないから辞める」ではない
まず、一つ前提を外してみます。
「若手が辞めるのは、挑戦する機会がないから。」
そう考えられることは少なくありません。しかし実際には、大企業を中心にジョブローテーション制度や社内公募制度はすでに整っています。そして、そうした制度を最も活用しているのは、むしろ優秀な若手です。
情報収集が得意で、自ら異動の機会を探し、上司も「無理に引き留めれば成長を止めてしまう」と理解しているため、希望が比較的通りやすいケースも珍しくありません。つまり、「制度がないから辞める」という説明だけでは、この現象は十分に説明できないのです。
では、制度もあり、挑戦する機会もある。それでも、なぜ会社の外へ出ていくのでしょうか。
この違いを考えるうえで印象的だったのが、「引っ越し」のたとえです。
社内異動は、東京から札幌へ引っ越すようなもの。環境は変わりますが、会社の文化や評価制度、仕事の前提は変わりません。一方で転職は、海外へ移住するようなものです。文化も価値観も違い、自分が通用しない可能性もあります。
それでも若いうちは、その未知の環境に挑戦したいと考える人がいます。優秀な若手が求めているのは、部署を変えることではなく、自分の可能性がどこまで通用するのかを試せる環境なのかもしれません。

会社の「主流」が、既存事業から動かない
制度が整っていても離職が起こる背景には、もう一つ構造的な理由があります。
多くの企業では、既存事業が会社の主流です。新規事業や新しい取り組みに挑戦する若手が成果を出しても、会社全体から見れば既存事業が中心であり続ける。その結果、挑戦そのものが「傍流」の仕事として受け止められてしまうことがあります。
すると本人の中で、「結局、この会社で評価されるには既存事業に戻らなければいけないのではないか」という感覚が生まれます。
挑戦は任されているのに、その挑戦が会社の未来につながっている実感を持てない。この閉塞感が、外へ目を向けるきっかけになっているのではないでしょうか。
だからこそ、人が移る先は必ずしも待遇の良い会社とは限りません。「新しいことに挑戦すること」が主流として評価される会社へ、人は動いていきます。
出世できるようにしても、離職は止まらない
ここまで読むと、「それなら優秀な人がもっと早く出世できるようにすればいいのではないか」と考えるかもしれません。
もちろん、それは一定の効果があります。正当に評価されないことへの不満は減り、離職を防げるケースもあるでしょう。
しかし、それだけでは十分ではありません。
ポジションを与えることは、不満を減らすことはできても、仕事そのものの充実感まで生み出せるわけではないからです。
実際、大きな組織では、昇進するほど現場から離れていきます。
技術職の方からは、「管理職になりたかったわけではない」「ものづくりがしたかった」という話をよく聞きます。事業部の責任者になれば、人や予算を管理する時間が増え、本来やりたかった仕事から離れていくことも少なくありません。
昇進はゴールではありません。その先に待っている仕事が、自分のやりたいことと一致しているとは限らないのです。
若手が求めているのは、「プロジェクトを動かす経験」
優秀な若手が転職したあと、「もっと楽な仕事がしたかった」と話すケースは、実はそれほど多くありません。
むしろ耳にするのは、「思っていたより物足りなかった」という声です。
給料は上がった。残業も減った。それでも、「自分は何も動かしていない」と感じてしまう。その違和感は、仕事内容ではなく、仕事との向き合い方の違いから生まれているのかもしれません。
ここでは便宜上、プロジェクトベースで仕事を獲得し続ける働き方を「狩猟型」、既存事業を安定的に磨き続ける働き方を「農耕型」と呼びます。
その違いを考えるうえで、以前、50人規模の製造業を営むオーナー企業の経営者とお話ししたときのことが印象に残っています。
その会社は長年サプライチェーンの一角を担っており、仕事は自然と入ってくる状態でした。取引先から仕事が来ることが前提になっているからこそ、新しい市場を自ら取りに行く必要性を感じにくかったのです。
一方で、業界全体を見渡すと、このままでは2040年頃に市場が縮小していく可能性があると感じていました。それでも、「今は仕事が来ているから」という安心感が強く、新しい挑戦へ舵を切る切迫感はあまり感じられませんでした。
仕事が安定していることは企業にとって大きな強みです。一方で、その安定が、新しい挑戦を生み出す機会まで減らしてしまうことがあります。これは、農耕型の組織が抱えやすい課題の一つだと感じています。
もちろん、農耕型の仕事そのものが悪いわけではありません。既存事業を安定して運営し、品質を高め、顧客との関係を積み重ねていく仕事は、企業にとって欠かせないものです。
問題は、組織全体が農耕型であることではなく、その中で働く人が「自分で考え、動かし、結果を引き受ける経験」を得られないことです。仕事が安定しているほど、決められた役割を着実にこなすことが中心になり、自分の判断で何かを前に進める機会は生まれにくくなります。
一方で、プロジェクトベースの仕事では、納期から逆算し、限られた時間や資源の中で判断を重ねながら、ゴールまで進めていく必要があります。私自身も日頃からそのような働き方をしているため、旅行先でも「この時間ならもう一か所回れそうだ」と自然に逆算して考えている自分に気づくことがあります。
これは、プロジェクト型の働き方が優れているという意味ではありません。プロジェクトを任される経験によって、考え方や判断の仕方そのものが少しずつ鍛えられていくということです。
だからこそ、優秀な若手に必要なのは、既存事業から切り離された特別なキャリアではありません。
安定した事業の中にいても、「自分で考え、自分で動かし、最後までやり切るプロジェクト」を経験できること。
その経験こそが、若手が本当に求めているものなのではないでしょうか。
処方箋|渡すのはポジションではなく、「プロジェクト」
ここまで見てきたように、優秀な若手が求めているのは、肩書きや昇進だけではありません。
「自分で考え、自分で動かし、最後までやり切る経験」です。
だからこそ、離職防止のために現場と経営ができることは、人事制度をさらに増やすことではありません。
若手が本気で挑戦できる「プロジェクト」を用意することです。
ただし、プロジェクトであれば何でもいいわけではありません。機能させるためには、少なくとも4つの条件があります。
- 小さくても「本物」のプロジェクトであること
- プロジェクトを設計・管理する人が経験者であること
- ベテランが当事者として参加していること
- 金銭以外の価値を、トップ自らが言葉にして伝えること
① 小さくても「本物」のプロジェクトであること
収益規模は大きくなくても構いません。むしろ、リスクが小さいからこそ若手に任せやすいプロジェクトもあります。
一方で避けたいのは、「とりあえずアイデアソンをやろう」といった雰囲気づくりだけの企画です。
挑戦する経験を積ませたいのであれば、実際に意思決定があり、責任があり、最後までやり切る必要のある本物のプロジェクトであることが重要です。
② プロジェクトを設計・管理する人が経験者であること
もう一つ見落とされやすいのが、プロジェクトを誰が設計し、誰が運営するかです。
定常業務を中心にキャリアを積んできた人と、プロジェクトを回してきた人では、仕事の進め方そのものが異なります。
そのため、経験がないまま企画や管理を担うと、プロジェクトそのものが形だけになってしまうことがあります。
社内に経験者がいなければ、採用する、あるいは外部の力を借りるという選択肢も含めて考える必要があります。
③ ベテランが当事者として参加していること
若手だけで進めるプロジェクトは、現場から「あれは遊びだろう」と見られてしまうことがあります。
だからこそ、ベテランが当事者として参加することに意味があります。
現業の時間を一部割いてでもベテランが関わることで、「会社として本気で取り組むプロジェクトなんだ」というメッセージになります。
若手だけに任せるのではなく、経験を持つ人と一緒に走る環境そのものが、学びの場になります。
④ 金銭以外の価値を、トップ自らが言葉にして伝えること
企業活動の価値は、短期的な売上だけではありません。
以前、お客様からこんな話を伺いました。
地域のお祭りで、毎年自社製品を使った大きなオブジェを制作するプロジェクトがありました。部署の垣根を越えて社員が協力し、多くの人が楽しみにしていた取り組みでしたが、コロナ禍をきっかけになくなってしまったそうです。
直接的な利益は小さくても、組織の一体感を生み、地域との接点をつくり、将来の採用にもつながる。そうした価値も、企業にとっては大切な投資です。
ただ、その価値は放っておくと伝わりません。
短期的な成果だけを見れば、「遊んでいるように見える」と受け取られることもあります。
だからこそ、トップ自身が「このプロジェクトには意味がある」と言葉にすることが欠かせません。
その一言があるかどうかで、若手が感じるプロジェクトの価値は大きく変わります。

セルフチェック|あなたの会社には、「任せられるプロジェクト」がありますか?
最後に、一度組織を振り返ってみてください。
- 若手が「自分で動かした」と言えるプロジェクトはいくつありますか。
- そのプロジェクトを設計・管理している人は、経験者ですか。
- ベテランは当事者として参加していますか。
- 収益に直結しない取り組みについても、トップはその価値を言葉で伝えていますか。
- 若手に任せた挑戦は、会社の「主流」として扱われていますか。それとも「傍流」に見えていませんか。
最後の問いに少しでも迷ったなら、そこに離職の原因が隠れているかもしれません。
おわりに
優秀な若手の離職は、人事だけの問題として語られがちです。
しかし、その背景には、誰に何を任せるのか、挑戦をどう位置づけるのかという、経営と現場の設計があります。
制度を増やす前に、若手に本気で任せられるプロジェクトはあるか。
その問いから組織を見直してみると、離職防止だけではなく、人が育つ組織づくりへのヒントも見えてくるのではないでしょうか。
▼このテーマを話したPodcast本編
Spotify:https://spotifycreators-web.app.link/e/OUeQjgco14b
Youtube:https://youtu.be/ZSom0lLBBIY
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