最近、複数の企業と対話する中で、ある共通点に気づきました。それは、業種や規模を問わず、「誰も決めない組織」が少なくないということです。管理職や経営層は決して能力が低いわけではありません。むしろ優秀で、議論も十分に行われ、必要な情報も集まっています。それでも最後になると、「もう少し様子を見ましょう」「一旦持ち帰ります」という言葉が並び、意思決定だけが先送りになってしまうのです。
こうした状況を見ると、「もっと主体的に動こう」「リーダーシップを発揮しよう」といった声が上がります。しかし、私はこの問題を個人の意識や能力だけで説明することはできないと考えています。
「誰も決めない組織」は、決められない人が集まった結果ではありません。決めないほうが合理的になる環境に、優秀な人たちが適応した結果なのです。
外注費には厳しいのに、会議には無頓着な理由
では、なぜ「決めないほうが合理的」な状態が生まれるのでしょうか。その背景には、多くの企業が無意識に抱えている一つの錯覚があります。それが、「社内時間はタダ」という感覚です。
例えば、外部の制作会社やコンサルティング会社へ仕事を依頼する場合、多くの企業は慎重になります。見積もりを取り、本当に必要かを検討し、費用対効果を考えるのは、そこに請求書が届き、コストが目に見えるからです。
一方で、部長や役員が何人も集まり、何時間も会議をしたにもかかわらず、何も決まらないことには驚くほど無頓着です。本来であれば、その時間には人件費が発生しています。さらに、その場で決めていれば前へ進めたはずの仕事や挑戦の機会も失われています。
それでも、多くの組織はその損失をコストとして認識しません。請求書が届かないからです。
だから私は、このコストを「見えない請求書」と考えています。請求書が存在しないのではありません。誰の机にも届いていないだけです。何も決まらなかった会議、責任を避けるために飲み込まれた提案、先送りされた意思決定。そのすべてが、毎日少しずつ組織の力を奪っています。

ここで本当に問題なのは、社内時間そのものではありません。
問題なのは、「決めないことのコスト」が見えなくなっていることです。
決めなくても損をした実感がない。責任も問われない。その状態が続けば、「決めないほうが安全だ」という行動が組織の中で学習されていきます。そして、その学習が積み重なることで、「決めない人が損をしない」という文化が生まれていくのです。
決めないは、性格ではなく適応である
だからこそ、「もっと主体的に」「もっと責任感を持とう」という呼びかけだけでは、組織は変わりません。人を変えようとしても、その人が置かれている環境が変わらなければ、行動はすぐに元へ戻ってしまうからです。
この考え方は、組織行動学や心理学の研究とも重なります。19世紀末にフランスの農学者マクシミリアン・リンゲルマンが行った綱引きの実験では、人数が増えるほど一人あたりの力が小さくなることが示されました。また、「責任の拡散(Diffusion of Responsibility)」という考え方では、責任を共有する人が増えるほど、「誰かが決めるだろう」と考えやすくなることが知られています。
組織の意思決定も同じです。責任が曖昧になればなるほど、誰も決めなくなります。それは意欲が足りないからではなく、その環境に適応した結果です。
人は文化をつくりますが、文化もまた、人の行動をつくっています。
だから変えるべきなのは、人の性格ではありません。
変えるべきなのは、「決めないほうが得になる」という組織の設計です。
私たちは、この見えない設計図を「組織のOS」と呼んでいます。そして、そのOSを書き換える取り組みを「カルチャーエンジニアリング」と考えています。文化は自然に生まれる空気ではありません。日々の評価や会話、意思決定の積み重ねによって形づくられるものだからこそ、設計し直すことができるのです。
あなたの組織は、大丈夫ですか?
【セルフチェック】
あなたの組織にも、「見えない請求書」は届いていませんか?
□ 外注費には厳しいのに、長い会議の人件費は誰も話題にしない。
□ 「決めて失敗した人」より、「決めなかった人」のほうが評価されている。
□ 会議の最後に、「誰が何を決めたか」が曖昧なまま終わることが多い。
□ 「一旦持ち帰ります」が、そのまま放置されることがある。
□ 揉めごとを避けた人のほうが、安心して働ける空気がある。
もし三つ以上当てはまるなら、それは個人のやる気ではなく、「決めないほうが合理的になる文化」が根づいているサインかもしれません。
止まった組織を動かすために
では、その文化はどこから変えればいいのでしょうか。文化を書き換えると聞くと、大規模な制度改革を思い浮かべるかもしれません。しかし、現場で最初に取り組むべきことは、もっとシンプルです。それは、「決めないことにもコストがある」と組織全体が認識できる状態をつくることです。
例えば、会議の冒頭で「今日は何を決める場なのか」を確認するだけでも、議論の質は大きく変わります。報告のための会議ではなく、意思決定のための会議であることを全員が意識するようになるからです。
また、「決めて失敗した人」が目立ち、「決めなかった人」が評価される状態も見直さなければなりません。結果だけではなく、意思決定し、前へ進めようとした行動そのものを評価する文化があって初めて、人は安心して判断を引き受けられます。反対に、制度だけを変えても、日々の会話や会議の中で挑戦した人を責め続けていれば、文化は変わりません。
さらに、「今日は決めない」という判断をすること自体は悪いことではありません。ただし、その場合は「誰が」「いつまでに」「何を持って」再判断するのかまで決める必要があります。期限のない保留こそ、もっとも高いコストを生み続ける意思決定だからです。

「決めた人が損をする組織」から、「決めた人が前へ進める組織」へ。
その損得の構造を少しずつ反転させていくことで、同じ人たちでも驚くほど自然に意思決定が生まれるようになります。
社内時間は、決してタダではありません。しかし、本当に見直すべきなのは時間そのものではなく、その時間の中で失われている意思決定や挑戦の価値です。
見えなかったコストを見えるようにしたとき、組織は止まる理由ではなく、動き出す理由を持ち始めます。
そして、その変化を生み出すのは、一人ひとりの根性論ではありません。文化という「見えないOS」を設計し直すことです。
社内の時間は、タダではありません。むしろ、組織の中で最も高い経営資源の一つです。
その一枚の請求書を、全員の机の上に置くこと。止まっていた組織が再び動かすにはまず、そこから。
※先週は、「無料のものにこそ、いちばん高い代金を払っている」というテーマで、「無料の罠と信頼残高」という記事を書きました。今回の「社内時間はタダという錯覚」は、その地下水脈につながる話です。あわせて読むと、「見えないコスト」が組織に与える影響を、より立体的に捉えていただけると思います。
▼「信頼残高」とは? ―組織と人間関係を変える「見えない通貨」の正体
Podcast 「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」 では、組織で実際に起きている課題を毎週一つずつ取り上げ、その背景にある構造や文化について掘り下げています。
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また、Bulldozerでは、組織の見えないOS=文化を再設計する「カルチャーエンジニアリング」の実践支援を行っています。
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