「新規事業開発がうまくいかない」「社内で新規事業の議論が噛み合わない」と感じたことはないでしょうか。
その原因を、「アイデア不足」や「実行力不足」と考えるケースは少なくありません。しかし、多くの企業をご支援する中で感じるのは、それ以前のもっと根本的な問題です。同じ「新規事業」という言葉を使いながら、実はまったく違うものを指して議論している。 この認識のズレが、新規事業開発を難しくしているケースは決して珍しくありません。
近年、多くの企業が新規事業開発に取り組むようになりました。既存事業だけでは将来の成長が見込みにくくなり、新たな収益の柱を育てることが求められているからです。一方で、「新規事業」という言葉だけが先行し、その中身を整理しないまま議論が進んでしまう場面も増えています。
例えば、名刺交換で「新規事業開発部門です」と言われたとき、皆さんはどのような仕事を思い浮かべるでしょうか。ゼロから事業を立ち上げる仕事を想像する人もいれば、新しく立ち上がった事業を成長させる仕事を思い浮かべる人もいるでしょう。どちらも間違いではありません。しかし、この時点ですでに、お互いが思い描いている「新規事業」が違っている可能性があります。
この記事では、「新規事業」という言葉を一度分解しながら、議論が噛み合わなくなる理由を整理していきます。そして、組織の中で認識を揃え、新規事業を前へ進めるための考え方について解説します。
なぜ、「新規事業」という言葉は混同されるのか
新規事業という言葉が混同される理由の一つは、その言葉があまりにも多くの意味を持っているからです。
例えば、既存事業に新しいサービスを追加する取り組みも、新しい市場へ進出する取り組みも、「新規事業」と呼ばれることがあります。また、新しい事業を立ち上げるフェーズと、立ち上がった事業を成長させるフェーズも、同じ「新規事業開発」という言葉で語られることがあります。
言葉としては同じでも、求められる役割や評価基準、成功の条件はまったく異なります。それにもかかわらず、一つの言葉でまとめてしまうため、「新規事業の成功事例を学んでも、自社ではうまくいかない」「同じ会議に参加しているのに議論が噛み合わない」といった状況が生まれます。
つまり、新規事業開発が難しいのではなく、何について議論しているのかが整理されていないことが、本当の課題なのです。
「新規事業」という一つの言葉に、複数の仕事が混ざっている
では、実際に何が混ざっているのでしょうか。
最初に整理したいのは、「開発」と「推進」の違いです。新規事業をゼロから生み出すことと、生まれた事業を軌道に乗せることでは、仕事の内容も必要なスキルも異なります。それにもかかわらず、どちらも「新規事業部門」と呼ばれるため、現場では役割の認識にズレが生まれやすくなります。
さらに、「どのような新規事業なのか」という違いもあります。既存事業の延長線上にある新しい取り組みなのか、それとも新しい市場へ挑戦する”飛び地”なのか。この違いによって、必要な投資やリスク、成功確率は大きく変わります。
こうした違いを整理していくと、もう一つ見えてくる、大きな分岐があります。それが、「ボトムアップ型」と「トップダウン型」という、まったく異なる二つの進め方です。
ボトムアップ型とトップダウン型では、成功の条件が違う
図をご覧いただくと分かるように、「ボトムアップ型」と「トップダウン型」は、同じ新規事業でもまったく異なる進め方です。
ボトムアップ型は、個人や現場が顧客の課題を起点に、小さな仮説検証を繰り返しながら事業を育てていきます。リーンスタートアップや社内起業制度でイメージされる新規事業は、この型に近いでしょう。一方、トップダウン型は、会社が戦略として新たな領域を定め、人材や予算を集中的に投下しながら進めるプロジェクト型の新規事業です。
どちらが優れているという話ではありません。成功するための条件そのものが違うのです。
ボトムアップ型では、最初から正解はありません。だからこそ、顧客の声を聞きながら、小さく試し、仮説を修正し続けることが求められます。一方、トップダウン型では、会社として目指す方向性はある程度決まっています。そのため、多くの関係者を巻き込みながら、計画を着実に実行する力が重要になります。

この違いを理解しないまま成功事例を学んでも、自社にそのまま活かすことはできません。新規事業がうまくいかない理由は、手法を知らないことではなく、自分たちがどちらの型に取り組んでいるのかを整理できていないことにある場合が少なくないのです。
成功事例は、「どの会社か」ではなく「どの型か」で見る
新規事業の成功事例を見ると、「なぜ自社では同じようにできないのだろう」と感じることがあります。
その理由の一つは、比較する相手を間違えているからかもしれません。
例えば、伊藤園の「Crazy Jasmine」は、社員一人の「この香りを届けたい」という想いから始まり、社内ベンチャー制度を活用しながら事業化された取り組みです。個人の熱量からスタートし、小さな検証を積み重ねながら事業へ育てていく流れは、ボトムアップ型の特徴をよく表しています。
一方で、企業が新たな市場への参入を戦略として決定し、人材や予算を大きく投資して進めるプロジェクトは、トップダウン型です。ソニー・ホンダモビリティの「AFEELA」のような大型プロジェクトは、その典型例と言えるでしょう。規模や注目度に関係なく、会社として方向性を定め、組織全体で推進するという点で、ボトムアップ型とは異なる考え方が求められます。
つまり、事例から学ぶときに重要なのは、「成功した会社」ではありません。その事業が、どちらの型だったのかを理解することです。型が違えば、参考になるポイントも、失敗から学ぶべきことも変わります。「あの会社が成功したから真似する」のではなく、「自分たちと同じ型だから学ぶ」。この視点を持つだけで、成功事例から得られる学びの質は大きく変わるはずです。
理論という「補助線」を引くと、現在地が見えやすくなる
こうした違いを整理するうえで参考になるのが、アンゾフの成長マトリクスです。
アンゾフは、「既存顧客・新規顧客」と「既存製品・新規製品」という二つの軸で、企業の成長戦略を整理しました。このフレームワークを使うと、「既存事業の延長線上にある挑戦なのか」「まったく新しい市場への挑戦なのか」を客観的に捉えることができます。
もちろん、フレームワークだけで新規事業が成功するわけではありません。しかし、自分たちがどこに立っているのかを整理する補助線としては、とても有効です。現在地が分かれば、参考にすべき事例も、必要な人材も、組織として持つべき評価基準も見えやすくなります。
だから私は、新規事業について考えるとき、いきなり施策を考えるのではなく、まず「どの型で、どの象限にいるのか」を整理することから始めるようにしています。
施策の前に、「現在地」を言語化する
ここまで見てきたように、「新規事業」という言葉には、さまざまな意味が含まれています。だからこそ、新しい施策を考える前に必要なのは、「何をやるか」ではなく、自分たちは今、どこにいるのかを整理することです。
開発なのか、推進なのか。既存事業の延長なのか、新しい市場への挑戦なのか。そして、ボトムアップ型なのか、トップダウン型なのか。この現在地が見えて初めて、参考にすべき事例や、組織として持つべき評価基準、必要な人材が見えてきます。
反対に、この整理がないままでは、どれだけ優れたフレームワークを導入しても、どれだけ成功事例を学んでも、自社にそのまま当てはめることはできません。施策の前に現在地を定義することが、新規事業開発の第一歩なのです。

セルフチェック|あなたの会社の「新規事業」はどちらですか?
最後に、ぜひ一度チームで話し合ってみてください。
次の5つの問いに対して、メンバー全員が同じ答えになるでしょうか。
- 私たちが取り組んでいるのは、「開発」と「推進」のどちらだろうか。
- 新しい市場への挑戦なのか、それとも既存事業の延長なのか。
- ボトムアップ型なのか、トップダウン型なのか。
- この事業で求められる人材は、「仮説をつくる人」なのか、「遂行する人」なのか。
- この事業における失敗とは、「失敗すること」なのか、「進まないこと」なのか。
もし、この問いに対する答えがチーム内でばらつくのであれば、それは誰かが間違っているわけではありません。
「新規事業」という言葉の定義が、まだ組織の中で共有されていないということです。
新規事業の議論が噛み合わない会社ほど、施策の議論から始めてしまいます。しかし、本当に必要なのは、「何を新規事業と呼んでいるのか」という前提を揃えることです。その土台ができて初めて、議論も意思決定もスムーズに進むようになります。
一つでも答えが揃わなかったら、施策ではなく「定義」から話し合ってみてください。 その対話こそが、新規事業を前へ進める最初の一歩になるはずです。
言葉を定義することは、文化を設計すること
この記事では、「新規事業」という言葉を分解し、ボトムアップ型とトップダウン型という二つの進め方を整理してきました。
一見すると、新規事業開発の手法について解説した記事に見えるかもしれません。しかし、私たちが本当にお伝えしたかったのは、「新規事業の進め方」そのものではありません。
組織は、言葉によって動いています。
同じ言葉を使っていても、その意味が揃っていなければ、議論は噛み合いません。評価基準も曖昧になり、意思決定にも時間がかかります。そして、その状態では、新しい挑戦を支える文化も育ちません。
Bulldozerでは、このような「組織の見えないOS」を設計することを、カルチャーエンジニアリングと呼んでいます。制度や仕組みを整える前に、組織の中で使われる言葉や、その言葉に込められた意味を揃えること。それが、組織変革の土台になると考えています。
新規事業がうまくいく会社は、アイデアが優れている会社ではありません。
「今、自分たちは何に挑戦しているのか」を、同じ言葉で語れる会社です。
新しい取り組みを始めるときほど、まずは言葉を定義し、現在地を整理すること。その小さな積み重ねが、組織の意思決定を変え、新規事業の成功確率を高めていくのではないでしょうか。
アート思考で”脱常識”な新しい価値を
Bulldozerでは、未来創造・パーパス経営・イノベーション・人的資本経営などのテーマに対し、アート思考を活用した完全オーダーメイドのワークショップ型コンサルティングをご提供しています。
「新規事業を立ち上げたいが、社内で議論が噛み合わない」「組織として共通言語を持てていない」「新しい挑戦を支える文化をつくりたい」。そんな課題に対して、組織の見えないOSを設計する”カルチャーエンジニアリング”の視点から支援しています。
各企業や事業フェーズ、組織課題に合わせて、これまで言語化できなかった課題を整理し、具体的なアクションにつながる形で伴走します。新規事業や組織変革についてお悩みの方は、ぜひお気軽にご相談ください。
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