DX、基幹システムの刷新、本社の建て替え、風土改革。呼び名は違っても、いま多くの企業で「これまでの延長ではない変化」を目指すプロジェクトが同時に走っています。そして、その多くが途中で止まります。
先日のPodcastでは、「変革プロジェクトは、なぜ途中で止まるのか」というテーマを取り上げました。DXや基幹システム刷新、組織変革など、さまざまな事例をもとに議論を重ねるなかで見えてきたのは、原因は計画の精度ではなく、もっと手前にあるということでした。
分厚い計画書があっても、DXプロジェクトが止まるワケ
変革プロジェクトの失敗というと、大規模なシステム障害を思い浮かべる方が多いかもしれません。2024年4月、江崎グリコが基幹システムを「SAP S/4HANA」へ切り替えた直後にトラブルが発生し、プッチンプリンをはじめとする冷蔵商品の出荷が長期間にわたって止まりました(日経クロステック 2024年5月9日ほか)。ここまで大きくならなくても、要件定義の途中で座礁したまま動かなくなったプロジェクトは、どの業界にもあります。
不思議なのは、こうしたプロジェクトほど計画書が分厚いことです。工程表があり、体制図があり、キックオフでは全社に向けて意義が語られています。準備の量では説明がつきません。
足りていないのは計画ではなく、関係者が同じ方向へ足を踏み出せているかどうか、なのではないでしょうか。
改善が得意な会社ほど、変革の会議で話が噛み合わなくなる

改善と変革の違いは、規模ではありません。軸足の位置です。
改善は連続の営みで、軸足は「今」にあります。目の前の状態を起点に、少しずつ良くしていく。フォーキャストの発想です。一方の変革は非連続で、軸足は「未来」にあります。ありたい姿を先に置いて、そこから逆算して今を組み替えていく。バックキャストの発想。同じ会社の会議室で、この二つが同じ日本語で語られます。
ここで何が起きるか。北半球と南半球では、同じ星座が上下逆さまに見えます。立っている場所が違えば、同じものを見ても像が反転する。会議で議論が噛み合わないとき、意見が対立しているのではなく、そもそも立っている座標が違うだけ、ということが起こります。しかも本人たちは、同じ言葉を使っているぶん、ズレていることに気づきません。
改善のプロジェクトなら、このズレは致命傷になりにくいものです。多少すれ違っても、見て見ぬふりをしたまま前に進められてしまうからです。ところが変革では、拠りどころが少なく、正解もありません。ズレは修正されないまま歪みとして溜まっていき、ある日「そもそも何のためだったのか」という問いになって噴き出します。
AIで設計も開発も速くなったのに、合意形成だけが短くならない
システム刷新の工程は、おおむねこの順に進みます。構想策定(ありたい姿を描く)→要件定義(何が揃えば実現するかを固める)→設計→開発→テスト→移行。この各所に、決まって同じ罠があります。
- 構想策定:誰が決めるのかが決まらない
- 要件定義:合意したはずの担当役員が、はしごを外す
- 移行期:現場が通常業務とイレギュラー対応の二重負荷を背負う
一つめは、組織が大きいほど全体像が見えなくなり、意思決定の権限がどこにあるのか誰も断言できない状態です。
二つめは、期の変わり目や人事異動で前提が変わり、積み上げてきた合意が一夜でほどける状態。
三つめは、段階移行にともなう混乱です。影響を小さくするために少しずつ切り替えるのですが、そのぶん現場は一時的にしか使わない仕組みを覚える必要が出てきますし、他部署とやりとりするデータの形も変わります。ミスが起きやすくなり、当然ストレスもたまる。
そして、ここで見落とされがちな変化があります。AIによって短くなる工程と、短くならない工程が、はっきり分かれてきたことです。設計・開発・テストは、AIの活用でかなり圧縮できるようになりました。一方で、構想策定と要件定義──つまり「誰と誰が、どこまでを合意するか」の工程は、ほとんど短くなっていません。
AIで作業が速くなるほど、合意形成がプロジェクト全体のボトルネックとして残っていきます。
「誰が決めるのか」が決まらない構造そのものについては、こちらで詳しく書いています。
▼なぜ誰も決めない組織になるのか ─「社内時間はタダ」という錯覚が、組織を止める
https://bulldozer.co.jp/blog/daremo-kimenai-soshiki/
「浸透」させようとするから、変革は現場に届かない
多くの会社は、発信をしています。社内報、全社集会、キックオフ、メッセージ動画。それでも現場の温度が上がらないとき、決まって使われるのが「浸透しない」という言葉です。
けれど、浸透という言葉はそもそも一方通行を前提にしています。上から下へ、染み込ませる。この構図でいるかぎり、届いたかどうかは受け手側の努力の問題になってしまいます。収録のなかで出てきたのは、経営と現場は右足と左足のような関係だ、という見方でした。経営だけがどんどん先に進み、現場が置いていかれると、片足だけで跳んでいる状態になります。ケンケンでは、そう遠くまで行けません。
必要なのは浸透ではなく、足並み。経営が現場で起きていることの臨場感を持ち、現場が経営の見ている未来を知っている状態です。
実際、変革が進んだ会社では、経営陣が現場に足を運んでいます。AGC(旧・旭硝子)の島村琢哉氏は、4期連続の減益という状況で2015年に社長に就任し、全社変革に取り組みました。特徴的だったのは、世界各国の拠点で社員との対話を年間100回以上重ねたことです(Biz/Zine 2018年ほか)。視察ではなく、話せる規模まで人数を絞った対話を、回数で積む。ホンダの本田宗一郎氏が現場に立ち続けたことも、同じ系譜として語られます。
逆の例も、歴史に残っています。1902年1月、日露戦争を見据えた寒冷地訓練として、陸軍第八師団の青森歩兵第五連隊210名が八甲田山の雪中行軍に出発し、記録的な寒波と吹雪のなかで199名が命を落としました(八甲田雪中行軍遭難事件)。実戦ではなく、訓練の段階での出来事です。計画と装備が、現地の気象という現実に見合っていなかった。中央で描いた計画と、現場で実際に起きることの距離は、ときにここまで開きます。
もっとも、現場主義がすべてを解決するという意味ではありません。経営が現場に降りるのは、視点の切り替えという意味で精神的な反復横跳びであり、続ければ消耗します。現場の側に経営者目線を求めるのも、同じくらいストレッチです。だからこそ、個人の意欲に頼らず、仕組みとして設計する必要があるのではないでしょうか。
越境が「横」ばかりになった組織で、抜け落ちる2つの対話

組織のなかの対話は、3つの軸に分けると設計しやすくなります。
- X軸(横):部門をまたぐ対話
- Y軸(縦):経営と現場、階層をまたぐ対話
- Z軸(斜め):他部門の役員、斜め上の先輩など、遠い人との対話
この10年、越境といえばほぼX軸の話でした。部門横断プロジェクト、クロスファンクショナルチーム、社内公募。横の壁を壊す取り組みは、たしかに増えています。
見過ごされてきたのがY軸です。かつて縦の距離を縮めていたのは、飲み会でした。役割を少し脇に置いて話す時間があったから、経営が考えていることが伝わり、現場の実感も上に届いた。その場が減ったあと、代わりに置かれたのが1on1です。ただ、1on1はどうしてもかしこまります。評価する側とされる側という役割のまま向かい合うので、距離が縮まりにくい。
制度としてのY軸は増えたのに、機能としてのY軸は減っている。多くの組織で起きているのは、この入れ替わりではないでしょうか。
※詳しくはこちらの記事で書いています。
▼1on1が進捗確認で終わる本当の理由 ─「会話」と「対話」の決定的な違い
https://bulldozer.co.jp/blog/1on1-dialogue/
そしてZ軸。まったく関係のない部門の役員とフラットに話せる、昔その会社で挑戦した先輩の話を聞ける。子どものころ、近所や親戚に少し年上の兄・姉がいて、知らない世界の話をしてくれるとワクワクした、あの感覚に近いものです。情報がいくらでも手に入る時代だからこそ、「それ、どこかで聞いた話です」で終わらない出会いの希少性は、むしろ上がっています。
この「縦と斜めの対話」の話は、Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」EP34で、田中さんと2人で掘り下げています。
▼EP34の音源はこちら:
緊急ではない対話を先に入れる会社が、結局いちばん早く進む
発信して共有するだけでは、足並みは揃いません。受け取った側がそれを咀嚼して、一緒に共通解をつくるところまで行く必要があります。これは、緊急ではないけれど重要な仕事──いわゆる第2象限に入る仕事です。直接の利益を生まず、コスト削減にもならないので、どうしても後回しにされます。
ただ、AIが定型業務を巻き取っていくほど、人の側に残るのは合意をつくる時間になります。時間が空くのなら、そこに何を置くかを先に決めておきたいところです。明日から着手できる形にすると、次の3つになります。
- 会議の冒頭で「今回は今起点か、未来起点か」を宣言する
- Y軸・Z軸の場を、予定表に固定枠として先に入れる
- プロジェクトの進捗を「決まったこと」だけでなく「揃ったこと」でも測る
一つめは、軸足のズレを最初の5分で潰す作業です。改善の議論に未来起点の提案を持ち込めば否定されますし、その逆もまた起こります。どちらの座標で話すのかを先に置くだけで、噛み合わない時間はかなり減ります。
二つめは、偶然に任せない、ということ。ワクワクする出会いは、複数の人が関わる以上コントロールできませんが、時間と空間を仕込んでおけば遭遇する確率は上げられます。
三つめは、評価指標の話です。決定事項の数だけを追うと、合意なき決定が積み上がり、結局あとで巻き戻ります。
あなたの変革プロジェクトは、足並みが揃っていますか
- いまの議論が「今起点」か「未来起点」か、参加者全員が同じ答えを言えるか
- 構想策定の決裁者が、役職ではなく名前で特定できているか
- 経営層が、現場の実作業を直近3ヶ月のあいだに自分の目で見ているか
- 縦(Y軸)の対話が、制度としてではなく機能として存在しているか
- 移行期の現場負荷が、工数として計画に織り込まれているか
一つでも「いいえ」があるなら、そこが止まる場所です。ぜひ一度、プロジェクトチームで確認してみてください。
変革プロジェクトの成否を分けるのは、誰も反対しない計画書ではなく、同じ方向に足を出せる状態をつくれるかどうか。あなたの会社の変革プロジェクトは、いま、右足と左足が揃っているでしょうか。
Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」では、組織のリアルな課題を毎週解体しています。
▼Spotify(番組トップ) https://open.spotify.com/show/1KkLPEeJJYbx0vAoj6Y2bp
▼YouTube(チャンネル) https://www.youtube.com/channel/UCy4TR3BoJQBSA_7N99SQeKA
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