「AIで社内の知見をデータベース化して、いつでも引き出せるようにしよう」。会社単位でも部門単位でも、最近よく耳にするようになった話です。蓄積されたベストプラクティスから必要な知見だけを取り出し、自社らしい付加価値につなげていく。発想としては、とても魅力的です。
ところが、「実際にうまくいっている」という話は、それほど多く聞こえてきません。このテーマについて考えていくと、つまずきの原因はAIそのものではなく、もっと手前にあるように思います。そもそも、自分たちの強み──アセットが言語化できていない。 今回は、「強みの棚卸し」がなぜ思うように進まないのかを考えてみたいと思います。
「棚卸ししましょう」と言われて、何も出てこない理由
「まずは強みを棚卸ししましょう」。企業の支援に入ると、よく聞く言葉です。ところが、実際に手を動かし始めると、多くの組織で議論が止まります。その理由の一つは、私たち自身が”強み”を狭く捉えすぎていることにあるのではないでしょうか。
例えば、特許や独自技術、生産方式のような、誰が見ても分かりやすい強みがあります。トヨタの生産方式やソニーのセンサー技術のようなイメージです。こうした「明確な強み」に意識が向きすぎると、新規事業も既存事業の周辺領域だけで考えるようになり、結果として発想が広がらなくなってしまいます。
見落としが起きる本当の理由は、強みが見つけにくい場所にあるからではありません。そもそも「何をアセットとして数えるか」という定義そのものが狭いため、目の前にあっても無意識に「これはアセットではない」と外してしまっているのです。
例えば、販路や顧客とのネットワーク、特殊な知見を持つ人材、課題が数多く集まる現場、その会社ならではの仕事の進め方。こうしたものは、書類に残る特許や技術と違って「資産」と認識されにくいものです。
どれも、「あなたの会社の強みは何ですか」と聞かれて最初に挙がることは少ないでしょう。販路は営業活動の一部だと思われがちですし、課題の多い現場は、むしろ弱みだと捉えられることもあります。でも、販路はそれ自体が大きな資産ですし、課題が集まる現場は、実証と改善を繰り返せる貴重な環境でもあります。
棚卸しの第一歩は、隠れた強みを探すことではありません。「何をアセットとして数えるか」という枠そのものを広げることです。 特許のように書類へ残るものだけではなく、これまで数に入れてこなかったものにも目を向けることが、強みの棚卸しの出発点になります。
ここで多くの組織がやりがちなのが、フレームワークやチェックリストを用意して、自分たちだけで棚卸しを進めることです。もちろん、整理すること自体には意味があります。ただ、チェックリストを埋めたからといって、本当に自社らしい強みが見えてくるとは限りません。
家づくりで考えると分かりやすいかもしれません。柱を立て、壁を張り、屋根を載せる。工程を管理すれば、「どこまで進んだか」という進捗は確認できます。でも、その家が本当に何十年も安心して住める家になっているかどうかは、また別の話です。
進捗率と完成度は、まったく別のものです。
強みの棚卸しも同じです。項目が埋まったことと、自社ならではの価値が言語化できたことはイコールではありません。本当に必要なのは、「それは自社らしい強みなのか」を問い直すこと。その視点がなければ、棚卸しは単なる作業で終わってしまいます。
自分の当たり前は、自分では見えない

では、なぜ自分たちだけで棚卸しを進めても、完成度は上がりにくいのでしょうか。
理由はシンプルです。自分にとって当たり前のことは、自分では当たり前すぎて見えないからです。
以前、「もし1週間で、自分のアセットを棚卸しするとしたら何をしますか」と問いかけたことがあります。そのとき、特に印象に残った答えが「人に会って聞く」でした。自分の当たり前は、外の人と話して初めて輪郭が見えてくる。この感覚は、個人だけでなく組織にもそのまま当てはまると思っています。
強みの棚卸しには、順番があります。私は、大きく3つのステップで考えています。
- メタ認知:外と比べることで、自分たちの当たり前に気づく
- 言語化:気づいた当たり前を、自分たちの言葉で整理する
- 価値への再定義:その強みを、顧客や社会にとっての価値へ翻訳する
多くの現場では、いきなり二つ目の「言語化」から始めようとします。でも、その前にある「メタ認知」が抜けていると、何を言葉にすればいいのかが分かりません。だから、フレームワークを前にしても手が止まってしまうのです。
投資されにくい理由も、ここにあります。アセットの言語化は、日本語という「自分たちにも扱える」と感じやすいもので進めるため、外の力を借りる発想になりにくい領域です。しかも、AI導入率のように定量的な指標で成果を測ることも簡単ではありません。だからこそ価値が見えにくく、優先順位も後回しになりがちです。
体重や体脂肪率には、誰もが共有できる基準があります。自分の数値を見れば、おおよその現在地が分かります。一方で、「あなたの強みは70点です」と言われても、その70点が高いのか低いのかは判断できません。強みには共通のものさしがないからこそ、外と対話しながら自分たちの現在地を知る必要があるのです。
外の目を、組織のなかに仕組みとして埋める

では、どうすればいいのでしょうか。
私が大切だと思っているのは、「外の目」を一度取り入れて終わりにするのではなく、組織の中に仕組みとして組み込むことです。個人の気づきを、一過性のものではなく組織全体の資産へ変えていく。その役割が必要になります。
その象徴的な例が、社内の「ポンプ機能」です。例えば、普段あまり接点のない部署の人に仕事を紹介してもらう場をつくると、「隣の部署でそんな面白いことをやっていたのか」と驚くことが少なくありません。話す側も、自分たちにとっては当たり前だった仕事を「そんなふうに見てもらえるんですね」と受け止め直すことができます。
自分では当たり前だと思っていたことが、誰かに価値として認識される。その循環こそが、強みを言語化する最初のきっかけになります。
私自身、今関わっているある製造業の工場リニューアルでも、同じことを感じています。世界中で使われている製品をつくっているにもかかわらず、その事実が現場には十分伝わっていません。どこの国で使われ、どんな評価を受け、どんな人の役に立っているのか。そうしたフィードバックが現場まで届かなければ、自分たちの仕事に誇りを持つきっかけは生まれにくいでしょう。
誇りは、その月の売上を直接押し上げるものではありません。でも、巡り巡ってエンゲージメントにつながり、離職率や採用力にも影響します。数字になりにくいからこそ後回しにされがちですが、だからこそ意識して設計する価値があると私は考えています。
「外を見る」ことで、自分の現在地が見えてくる
もう一つ大切なのは、自分たちが見えている世界には限界があるということです。
レンガの家にいれば、狼が一匹なら防げるかもしれません。でも、もし外に百匹の狼がいたらどうでしょうか。家が頑丈かどうかだけを見て安心しているうちに、周囲の環境は大きく変わっているかもしれません。
これは組織にも当てはまります。私たちが普段見ているのは、せいぜい半径数メートルの世界です。少し外に出て他社や異業種を見るだけで、「自社の当たり前」が実は強みだったと気づくこともあれば、逆に強みだと思っていたものが業界では当たり前だったと気づくこともあります。
メタ認知とは、自分を客観視することではありません。外と比べることで、自分たちの現在地を知ることです。
以前、「越境するスペシャリスト」について書いた記事でも触れましたが、組織の外へ出る意味は、新しい知識を得ることだけではありません。自分たちの輪郭を知るためにも、外との接点は欠かせないのです。
AI時代だからこそ、「上流」の価値が変わる
AIが普及したことで、この強みの棚卸しには、以前とは違う意味が生まれています。
これまでは、「できたらいいよね」で終わっていたパーパスやバリュー、アセットの言語化が、今では「早く整理しなければ変化についていけない」というテーマになりました。必要な機能に応じて部門の境界を見直し、戦略からオペレーションまで一気通貫で設計する。その起点になるのが、自分たちの強みを正しく言語化することです。
私自身も最近、経営者仲間と生成AIを使いながら議論する機会が増えています。本来なら何年もかけて整理していたパーパスやバリュー、自社のアセットを、数時間で言語化できる場面も出てきました。もちろん、それだけで組織が変わるわけではありません。AIが短縮してくれるのは「考える時間」であって、「実行する時間」ではないからです。
だからこそ、上流の整理をどれだけ早く終えられるかが、これからの競争力になっていくのではないでしょうか。
最初の一歩:自社の統合報告書を、見比べてみる
最初の一歩として、私がよくおすすめしているのは、自社の統合報告書を他社のものと見比べてみることです。
実は、自社の統合報告書を最後まで読んだことがある人は、それほど多くありません。パーパスや中期経営計画を、自分の言葉で説明できる人も意外と少ないものです。
それは言い換えると、「船には乗っています。以上」という状態なのかもしれません。どこへ向かっているのか、どんな海を航海しているのか。その全体像を知らないままでは、自分たちの強みも見えにくくなってしまいます。
だから私は、チームで次の3つを確認してみることをおすすめしています。
- 自社の「数に入れていない強み」(販路・人材・現場など)を、3つ挙げられるか
- その強みを、社外の人に一度でも言葉にして確かめたことがあるか
- 自社の統合報告書やパーパスを、メンバーが自分の言葉で説明できるか
どれか一つでも詰まる項目があれば、それは弱さではありません。まだ言語化されていないアセットが残っているということです。
棚卸しとは、新しい強みを探す作業ではありません。外と対話しながら、「何を強みとして数えるか」という枠を広げていくプロセスです。
AIによって、戦略や企画を考えるスピードは確実に上がりました。一方で、自社のアセットやパーパスを言語化するという上流の整理は、誰かが代わりにやってくれるものではありません。だからこそ、この土台がこれまで以上に重要になっています。
まずは15分だけでも、自社の統合報告書を他社と見比べてみる。その時間が、自分たちにとって当たり前になっていたものを、本当の強みとして捉え直すきっかけになるはずです。
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今回の記事は、Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」エピソード32での対話をもとに再構成したものです。
前回の記事https://note.com/embed/notes/nff367609a508
で触れた「アセットを活かす新規事業」の続きとして読むと、今回のテーマとのつながりがより分かりやすくなると思います。
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この記事でお伝えした「見えない強みを言語化し、組織の力へ変えていく」という考え方は、私たちが提唱する Culture Engineering(カルチャーエンジニアリング) の考え方にもつながっています。
その背景については、こちらの記事で詳しくまとめています。https://note.com/embed/notes/n5324e682ab56
組織の見えないOS=文化を再設計する Culture Engineering の実践支援については、株式会社BulldozerのWebサイトをご覧ください。
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