ある製造業の企業で、拠点の建て替えに向けた要件定義に関わっています。どんな建物にするかを決める前に、その会社が何を大切にしてきたのかを掘り起こす仕事です。その打ち合わせで、参加者のひとりがふとこんなことを話してくれました。
「昔は地域のお祭りに、自社らしい出し物を作って出ていたんですよね。」
やめた理由は、誰もはっきり覚えていませんでした。揉めたわけでもありません。それでも、その場にいた全員が「あれ、よかったのにね」と自然に話し始めました。チームづくりを支えていたものは、このように静かに失われていくことがあります。誰も反対していないのに、いつの間にか予定表から消えてしまうのです。
そして多くの会社は、その空いた穴を新しい施策で埋めようとします。しかし、思うようには埋まりません。会社から社員へ向かう施策ばかり増えると、社員は「受け取る人」になります。一体感は、社員が組織へ参加する向きが生まれたときに育つのではないでしょうか。 今回は、この「向き」という視点から、チームづくりについて考えてみます。
チームづくりの施策を足すほど、社員は「お客さま」になっていく
一体感が足りないと感じたとき、多くの組織が選ぶ打ち手は共通しています。1on1の定例化、エンゲージメントサーベイの実施、懇親会や社員旅行の復活、福利厚生の充実。いずれも必要な施策であり、成果を上げている企業もあります。
一方で、これらには共通する構図があります。会社が施策を用意し、社員がそれを受け取るという関係です。会社は「より働きやすい環境をつくろう」と考え、社員はその結果を受け取ります。この構図が続くと、社員のなかには次第に「評価者」の目線が育っていきます。用意されたものに良し悪しをつけるのは、受け手として自然な反応だからです。
その結果、「今年の懇親会は物足りなかった」「満足度が思ったほど伸びなかった」という評価が積み重なり、企画した側は疲弊し、翌年には予算が縮小される。悪意のある人はいないのに、場は静かに畳まれていく。この流れに心当たりのある方も多いのではないでしょうか。
エンゲージメント施策が期待したほど機能しないことがあるのは、施策の内容だけが理由ではありません。社員を「受け取る側」に固定したまま、向きが一方通行になっていることも、一つの要因なのではないでしょうか。
盆踊りの一体感は、「歓迎」ではなく「参加」から生まれる
Podcastで共演した田中さんが、都市部で毎年開かれている盆踊りの話をしていました。地域住民が少ないエリアのため、集まるのは観光客や近くを訪れた人など、初めて参加する人がほとんどです。それでも、櫓を囲んで踊り始めると、不思議な一体感が生まれると言います。
そこにあるのは、誰かから手厚く歓迎されたという感覚ではありません。輪の中に自然と入り、一緒に場をつくっているという感覚です。歓迎された記憶は「よくしてもらった」という思い出として残ります。一方で、自分もその場の一員になれたという経験は、「ここは自分の居場所かもしれない」という感覚につながります。
一体感は、歓迎されること以上に、「自分もその場の一員だ」と感じる経験から育つのではないでしょうか。

この考え方は、組織づくりにも示唆を与えてくれます。実際、同じリズムで歩く、歌う、身体を動かすといった同期した行動は、その後の協力行動を高めることが心理学の実験でも示されています(Wiltermuth, S. D. & Heath, C., Synchrony and Cooperation, Psychological Science, 2009)。また、社会学者エミール・デュルケームは、人々が同じ場で同じ行動をともにするときに生まれる高揚感を「集合的沸騰」と表現しました。
もちろん、祭りを開けば組織文化が育つ、という単純な話ではありません。しかし、「歓迎すること」と「参加できること」は異なります。組織に一体感を育てるうえでは、社員が「受け取る人」ではなく、「場を一緒につくる人」になれる機会をどれだけ設計できるかが、一つの鍵になるのではないでしょうか。
非日常は、日常のごほうびではなく、日常を動かすブースター
祭りのような非日常は、長らく「日常のごほうび」として捉えられてきました。しっかり働いた分だけ、しっかり楽しむ。この考え方自体は間違いではありません。しかし、経営の現場で優先順位を決める場面では、非日常はどうしても後回しになりやすくなります。「余裕があればやるもの」と位置づけられてしまうからです。
一方で、組織文化が根づいている企業では、非日常は日常と並列には扱われていません。祭りや社内イベントは、日常を一段押し上げるための仕組みとして設計されています。普段ほとんど接点のない部署同士が一緒に準備を進めた経験が、その後の仕事の相談をしやすくする。相手の人柄や考え方を知っていることが、日々のコミュニケーションを円滑にする。そうした積み重ねが、日常の仕事を支えています。

非日常は、日常のごほうびではありません。日常を動かすためのブースターなのです。
この視点を持つだけでも、社内イベントや文化づくりへの投資の見え方は変わります。自社で行っている取り組みは、ごほうびとして位置づけられているのか、それとも日常をより良くするための仕組みとして設計されているのか。一度振り返ってみる価値があるかもしれません。
Podcast「天上天下主客反転、ブルドーザーの企業解体新書!」EP35では、この「祭りと組織」というテーマについて、記事では紹介しきれなかった議論も含めてお話ししています。
▼EP35の音源はこちら
一度きりのイベントではなく、「来年もある予定」をつくる
参加型の取り組みを始めても、最初から大きな成果が出るとは限りません。だからといって、一度で終わらせてしまうのは非常にもったいないことです。
一回限りの催しは評価の対象になります。しかし、毎年同じ時期に続くものは、次第に「予定」へと変わっていきます。「今年もその季節が来た」「またあのメンバーで準備しよう」という共通の記憶が積み重なったとき、初めて文化として根づき始めます。
そのためには、次の三つを意識すると設計しやすくなります。
- 毎年同じ時期に開催する
- 社員を「参加者」ではなく「運営側」に組み込む
- 翌年も参加したいという声が増えているかを振り返る
最後の点は、とくに見落とされがちです。単年の満足度は、その年のイベントがどう受け止められたかを知るうえでは有効です。しかし、それだけでは「組織に参加したい」という気持ちが育っているかまでは見えてきません。
中学や高校の文化祭が印象に残るのも、観客だったからではなく、自分たちで準備し、当事者として関わった記憶があるからではないでしょうか。組織の文化も同じように、「受け取る」経験より「担う」経験の積み重ねによって育っていくように思います。
「定量化できないからやれない」は、本当にそうでしょうか
文化づくりについて話すと、必ず出てくるのが投資対効果の問題です。組織文化や一体感は数字で測りにくい。だから予算をつけにくい。そのような声を耳にすることは少なくありません。
Podcastの収録中、共演者から印象的な言葉がありました。
「定量化できないからやれない、というのは思い込みだと思う。」
実際、創業家が経営に関わる企業では、「大切なものだから続ける」という判断が自然になされている場面もあります。数字だけでは説明できない価値が、経営判断の中で尊重されることは決して珍しいことではありません。
一方で、人的資本経営や非財務情報の開示が求められる現在、そうした価値を「説明しなくてよい」というわけでもありません。大切なのは、文化づくりが自社にどのような意味を持ち、どのような価値につながっているのかを、自分たちの言葉で説明できる状態をつくることです。
そのとき、言葉の選び方も重要になります。今回のPodcastでは、「ステークホルダー」という言葉についても議論になりました。ステークホルダーという言葉からは、誰が意思決定を行い、誰に説明するのかという構図を思い浮かべます。一方で、祭りにあるのは、誰かを頂点とした関係ではなく、それぞれが役割を担いながら場をつくる関係です。
この記事では詳しく扱いませんが、組織を「誰が利害関係者か」という視点だけでなく、「誰がどの役割を担っているか」という視点で捉え直すことも、これからの組織文化を考えるうえで重要なテーマになるのではないでしょうか。
明日から見直せる、三つのチェックポイント
ここまで紹介してきた内容を、自社のチームづくりに置き換えて考えるときは、まず次の三つを確認してみてください。
- 社員が「受け取る側」ではなく、「担う側」になれる場はあるか。
- 一度きりではなく、毎年続いている参加型の取り組みはあるか。
- 新しく入った人が、「この組織に混ざれた」と感じられる機会は設計されているか。
どれか一つでも思い当たらなければ、新しい施策を増やす前に、今ある取り組みの「向き」を見直してみる価値があります。
会社が歩み寄ることも大切です。しかし、それだけでは一体感は育ちません。社員が組織へ参加し、「受け取る側」から「担う側」へ向きが変わったとき、組織文化も少しずつ育ち始めるのではないでしょうか。
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