「AIエージェントを入れれば、この作業はなくなるはずだった」。ところがしばらくたっても、手元の仕事はほとんど減っていない。ツールの数だけが増えて、忙しさは同じ場所に残ったまま。そんな心当たりはないでしょうか。
私自身、まったく同じところでつまずきました。ブラウザの操作を自動で動かせるツールを見つけて、毎週くり返している定型作業を任せてみようとしたことがあります。ところが、画面を何度も行き来しながら、いくつもの参照元から数字を拾って突き合わせる作業になると、そこで手が止まるのです。指示を書くくらいなら、自分でやった方が早い。合っているか不安で、どうせ最後に確認するなら、最初から自分でやってしまおう。そう考えているうちに、その作業はいまも私の手元に残りました。
もちろん、これは私ひとりの作業の話にすぎません。ただ、同じ感覚は、経営の意思決定をしている方からも、現場で実務を回している方からも、よく聞きます。だからこそ、ひとつ問いが立ちます。この「減らなさ」は、本当にAIの性能や、使いこなしの習熟だけの問題なのでしょうか。ここから先は、その観察をきっかけにしたBulldozerとしての見立てです。
この記事では、その「減らなさ」がどこから生まれるのかを、仕事の中で見えなくなっているひとつの工程から考えます。そのうえで、明日の1件から試せる、3項目の書き出し方まで整理します。大がかりな導入計画の話ではなく、手元の作業ひとつから始められる、小さな渡し方の話です。
1. 「もっと使いこなせるはず」で止まるとき、つまずいている場所は2つに分かれる
まず、言葉をひとつ揃えておきます。ここでいうAgentic AI(AIエージェント)とは、指示を1回ずつ受け取って答えを返すだけでなく、手順のある仕事をまとめて代行させる使い方のことです。ここでいうAgentic AIとは、人の判断をなくす仕組み、という意味ではありません。むしろ、人がどこで判断するかを決め直す使い方だと考えています。
そのうえで、「使いこなせていない」という感覚を分けてみると、つまずいている場所は大きく2つに分かれます。ひとつは、経営や事業の方向を決める立場。もうひとつは、日々の実務を回している立場です。
意思決定の立場では、何を自動化しようとしても、話が必ず手前に引き戻されます。たとえば営業資料を新しくしようとする。すると、そもそも自分たちがどこへ向かうのかが決まっていないと、何を訴求すべきかが出てこない。結局、ミッションやビジョン、中期の計画といった根っこの部分に、毎回戻ってしまうのです。枝はいくらでも速く伸ばせるようになったのに、根を張る速さが追いついていない、という言い方もできるかもしれません。
一方、実務の立場でのつまずきは、もっと手前で起きます。細かい作業をどこまで渡していいのかが決まらない。ずれていたときに誰が引き受けるのかも決まっていない。だから、渡すこと自体が怖い。実際、私が手を止めたのもここでした。
同じ「使いこなせていない」でも、詰まっている場所が違えば、効く打ち手も変わります。では、実務の側で起きている「自分でやった方が早い」は、どこかで見たことのある形をしていないでしょうか。
今回は、このうち後者の「実務側のつまずき」に絞って考えます。
2. 「指示するくらいなら、自分でやった方が早い」は、若手に任せるときと同じ
Podcastの収録でこの話をしていたときに、共演者から出た指摘があります。AIに任せられないという悩みは、若手や後輩に任せるか、自分で巻き取るかという昔からある問題と、構造がそっくりだ、というものでした。言われてみれば、迷い方まで同じです。説明する時間を考えたら自分でやった方が早い。あとで確認するなら二度手間になる。任せて失敗したら、結局こちらが引き受けることになる。
ただ、ひとつだけ違うところがあります。人に任せる場合には「育てる」という理由が乗ることです。今回は自分でやった方が早くても、教えておけば次から任せられる。だからこそ、目先の非効率を飲み込む判断ができます。
一方、AIが相手だと、この「今回は損だが次に効く」という理由づけが立ちにくい。そのため、目の前の効率だけで判断してしまい、毎回同じ結論に戻ってきます。
ここで、ひとつ確認しておきたいことがあります。「自分でやった方が早い」という判断そのものは、間違っていません。期限が迫っていて、精度も求められる仕事なら、いちばん確実な人が手を動かすのは正しい選択です。問題は、その判断が毎回ゼロから繰り返され、次回のために何も残らないことのほうにあるのではないでしょうか。
→ 任せることそのものの難しさについては、記事末尾の関連記事①もご参考ください。
では、任せられる仕事と、手元に残る仕事は、そもそも何によって分かれているのでしょうか。ここで、まったく別の業界の話がヒントになります。
3. プラントづくりに、「仕事を任せる」ヒントがあった
たとえば、プラントや大規模な都市開発のような仕事では、「何をつくるか決める人」と「実際につくる人」の間に、もうひとつ重要な工程があります。発注者の要望やさまざまな条件を整理し、「何がそろえば完成なのか」を、実行する人に渡せる状態にする工程です。
この記事では、この工程を「要件定義」と呼びます。
つまり、仕事を大きく分けると、「方針を決める→要件を定義する→実行する」の3つがあります。この3つは、担う人も、必要な情報も違います。
ここで重要なのは、実行する人に仕事を渡す前に、「何をつくるのか」「何を満たせば完成なのか」を決める工程があることです。実行する相手が人であってもAIであっても、この工程を飛ばしたままでは、相手は何を正解として動けばいいのか判断できません。
ところが、私たちが普段扱っている仕事では、この「要件を定義する」という工程が、ほとんど見えなくなっています。
では、私たちの日常の仕事では、この3つはどうなっているのでしょうか。
4. 仕事が手元に残るのは、「要件定義」が頭の中で終わっているから
週や月の単位で終わる仕事では、規模が小さいぶん、この3層が分かれないまま進みます。要件を決めるのも、手を動かすのも、同じ一人です。そして、今回いちばんお伝えしたいのはここから先だと考えています。要件定義という工程は、頭の中で一瞬のうちに終わってしまうため、そもそも工程として存在していないように見えるのです。

何を参照するのか。どうなっていたら正解なのか。ずれていたら誰がどう気づくのか。この3つは、自分でやるぶんには、いちいち言葉にしなくても手が動きます。ところが、他人に渡そうとした瞬間に、言葉になっていなかったことが表に出てきます。
要件が言葉になっていない仕事は、人にもAIにも渡せません。
だから、手元に残っているのは「難しい作業」ではなく、「要件がまだ言葉になっていない作業」のほうではないか。私たちはそう考えています。作業そのものの難易度より、渡すための翻訳が済んでいるかどうかが、分かれ目になっているように見えるのです。
もっとも、これは担当者の能力や意欲の問題ではありません。一人でやりきれてしまうサイズだからこそ、要件を書き出す時間が、そもそも仕事として認められていない。その条件のほうが、翻訳の工程を飛ばさせているのだと思います。
では、この抜けている工程を戻すには、何から始めればよいのでしょうか。
5. 「怖い」を消さないまま、任せる範囲だけを決める
順番として、先に置いておきたいことがあります。「怖い」という感覚を、無理に消さないことです。
収録では、AIを使うほど「網羅的にできている」と思い込みやすくなる、という話も出ました。1年前ならもっと疑っていたはずなのに、いつのまにか信頼度だけが上がっている。だとすれば、怖さは慎重さの現れであって、取り除くべきものではないのかもしれません。
とはいえ、怖さを持ちすぎると、今度は何も動かせなくなります。だからこそ、怖さを消すのではなく、怖さが向いている先を分けて考えます。
会話にすると、こういうことです。「この作業、任せて大丈夫かな」と迷ったときに、「全部を任せるか、全部やめるか」で考えると、答えは出ません。そうではなく、「数字を集めるところまでは任せる。最後の突き合わせだけは自分が見る」と、範囲で切る。この切り方なら、怖さを抱えたままでも半分は動きます。
そしてもうひとつ、責任の置き場所の話があります。人に任せた場合は、うまくいかなかったときに相手と話し合えます。ところがAIの場合、悪者にできる相手がいません。だから、ずれたときに何が起きるのかを、渡す前に決めておいたほうがよいのではないでしょうか。もっとも、これは事故を想定して身構えるためではなく、渡せる範囲を広げるための準備だと考えています。
では、実際には何を書き出せばよいのでしょうか。
6. 明日の1件から試せる、要件定義の3項目
大きな仕組みをつくる前に、1件だけで試せる方法があります。次に「自分でやった方が早い」と思った作業を1つだけ選び、手を動かす前に、次の3つを書き出してみてください。
- 参照元:どこの数字を、どの資料から見るのか
- 完成条件:何がそろっていたら「できた」と言えるのか
- ずれたときの扱い:合っていなかったとき、誰が、どこで気づくのか

参照元は、自分の頭の中にある「いつものあれ」に、名前をつける作業です。ここがいちばん飛ばされやすく、そして渡せない原因になりやすいところだと感じています。
完成条件は、合格ラインを決めることです。「だいたい合っていればいい」のか、「1円でもずれたらやり直し」なのかで、渡し方はまるで変わります。この一行があるだけでも、任せたあとの確認で何を見るべきかが明確になります。
ずれたときの扱いは、責任の置き場所です。毎回自分が最後に見るのか、月に一度まとめて見るのか。ここを決めておくと、「怖いから渡せない」が「ここまでなら渡せる」に変わります。
この3つを書き出すと、たいてい2つのどちらかが起こります。ひとつは、そのままAIに渡せる指示になっていること。もうひとつは、書き出してみたら、そもそも人に頼んだほうが早い仕事だったと気づくことです。どちらでも構わないと思います。目的は自動化そのものではなく、要件を言葉にしておくことのほうにあるからです。
では、この工程を書けるようになったとき、私たちの仕事はどこへ向かうのでしょうか。
7. Agentic AIとの仕事は「どこまで任せるか」から「何を手元に残すか」へ
最後に、問いの立て方そのものを入れ替えてみます。収録の終盤でたどり着いたのは、「どこまで任せられるか」ではなく、「全部できる前提に立ったとき、自分たちは何を手元に残すのか」という問いでした。
いまの時点では、条件が複雑な仕事はまだ手元に残ります。ただ、その状態がいつまでも続くとは限りません。だとすれば、「できないから残っている」と考えるより、「残すと決めたから残っている」と言えるようにしておくほうが、これからは強いのではないでしょうか。
そのために要るのが、要件定義という工程を、自分の言葉で書けるようにしておくことだと考えています。要件を書ける人は、任せる先が人でもAIでも、渡し方を選べます。逆に、要件が頭の中にしかない状態では、選ぶことすらできません。
ここで一度、いまのチームの仕事を思い浮かべてみてください。
- 手元に残っている作業のうち、参照元と完成条件をすぐ言葉にできるものは、いくつあるでしょうか
- 「自分でやった方が早い」と判断したあと、その判断は次回のために何かを残しているでしょうか
- 要件を書き出す時間は、チームの中で「仕事」として認められているでしょうか
- 任せられない理由は、AIの性能でしょうか。それとも、要件がまだ言葉になっていないからでしょうか
AIを使いこなす、という言い方を、一度やめてみる。代わりに、自分たちが何を決め、何を渡し、何を残すのかを設計する。Agentic AIの時代に効いてくるのは、そちらの力なのではないかと考えています。
そのうえで、最後にもう一つだけ。あなたの手元にいま残っている仕事は、あなたにしかできない仕事でしょうか。それとも、要件定義という工程を、まだ通していないだけの仕事でしょうか。
関連記事
① 管理職|「依頼したのに進まない」は、なぜ起きる? ─「ボール」は投げた時点で手元にない
② 組織変革|正しい施策をつくっても、なぜ現場は動かないのか ─ 文化は「内容」ではなく「条件」で変わる
③ DX|他社事例を集めても、自社で再現できないのは、なぜか ─ 効くのは事例の「距離」
Podcast
この記事のもとになった回では、AIに任せきれない仕事の話から、信頼と責任、そして「何を手元に残すのか」までを34分かけて話しています。
EP39の音源はこちら:
一人ひとりが、任せる範囲を自分で決められる組織へ
ここまで書いてきた「参照元・完成条件・ずれたときの扱い」の3項目は、今日から個人でも、チーム単位でも始められます。次の1件で試すだけなら、5分あれば足ります。
ただ、これを組織全体に広げようとすると、話が変わります。要件を書き出す時間が「仕事」として認められているか。ずれたときに、責任が個人に集中しない置き方になっているか。ここは個人の工夫では動かせず、その組織の「当たり前」、つまり文化の側を見る必要があります。
組織の見えないOS=文化を再設計する。そこがBulldozerのカルチャーエンジニアリングの領域です。
他のおすすめ記事をみる
Contact
資料のダウンロード・
お問い合わせはこちらへ
「アート思考、良さそうだけどピンときてない・・・」「うちの組織にどう適用したらいいかわからない」
そう思うのは自然なことです。どんなことでもお気軽にご相談ください。