大人になると、友達って感覚って、なんかよくわからなくなりませんか?(私だけ??笑)
この数年わからなかった友達という感覚が、この週末に行ってた瀬戸芸ツアーでやっとわかった
(今年のやりたいことリスト⑦心許せて何でも話せる親友を三人つくる、も達成!
相思相愛関係だったら嬉しいけど、別に片思いでも幸せ。勝手に、認定させてください笑)
他人<知人<友人<親戚感覚という順番に並べた時、他人、知人、親戚感覚しか無いとこれまでは思ってた。
けど、友人から先は家族感覚の他、もう一つの分岐があった。(図式にしてみたものは写真にあります)
親友(同じ文化を有する)<心友(心を許し合える)<信友(信頼しあえる≒親戚感覚)だ。
信友ができたら御の字だけど、今年は心友がたくさんできたら、毎日豊かだなぁと思ってる。
あぁ、私は心友が欲しかったんだと、なんだかしっくり来た。
そして、この心友の創り方もわかったそれは”創話”。
ある心友は、これを「粘土をずっとこね続けてる」と表現してた。
創話は体験の中で起こるもので、会話よりも深く、対話よりも浅い感じ(会話→創話→対話)。
英語にすると、Small talkというよりMedium talkという感覚だろうか。
先週の吉野も、この週末の瀬戸内(直島&豊島)も、そんな時間で、とっても楽しかった。
体験では色んな角度から、色んな情報(ボール)が入ってくる。
目に入るもの、感じるもの、聞こえるもの、薫るもの、味わったものがボールとなる。
互いの間を、アイデアや発想が行き来する。その間、ボールは色や形や質や大きさや重さが七変化する。
そのボールは一つだけでなく、複数かもしれない。
この創話がベストになる条件もわかった。
それは「お互いにとって、その体験への興味関心や知識量、経験値が同じくらいか(初めての体験でも、数回目の体験でも)」。
なぜかというと、5:5もしくは4:6くらいでボールが行き来しないと、ボールは止まってしまう。
ボールが回るサッカーやバスケが、やってても見てても楽しいのと、きっと一緒。
ということで、心友が増えたら嬉しいなという願いで、創話したい尾和の体験リストを並べます
ご一緒できる方がいると嬉しいです
①三重 椿大社 奥宮トレッキング
②秋田 大曲花火大会に行く
③香取神社&鹿島神社(ドライブ)に行く
④白浜でダイビングのライセンス取る
⑤LCCの身軽旅(山口 萩に行きたい)


